5、女教師、死す。
「なんで呼び出されたか、わかってるか?」
昼休み。
生徒指導室に、俺と綾上は呼び出されていた。
俺たちの対面には不機嫌そうな表情で腕を組んで椅子に腰かける担任の女教師(20代後半・まだ頑張れる)がいた。
そして、不機嫌な表情をそのままに、先生は俺たちに向かって問いかけた。
「……わかりません」
「私も、わかりません」
俺たちが答えると、先生は額に青筋を浮かべながら、
「お前ら……学校でイチャイチャしすぎ! ここまで半端なくイチャイチャするのも、珍しいぞ!? もうちょっと人目を気にしろ! ……ていうか、この学校で不純異性交遊なんて言語道断!」
席を立って、俺と綾上に向かってそう叫んだ。
肩で息をするその様子に、俺と綾上はすっかり気おされていたが……。
「あの、先生。一つ良いですか?」
「なんだ、言い訳か?」
こちらを睨んでから言う先生。
「……俺たち、別れてるので。不純異性交遊とか言われても困るんですが」
「本当か綾上?」
綾上に話を振って、先生は確認を取る。
綾上はかなり複雑そうな表情をしてから言った。
「……はい、今は付き合っていません」
その綾上の表情を見た先生は、顎に手を当て「ふむ、なるほど」と呟いてから、
「はい、それ嘘―! 超嘘―! 先生そんな戯言に騙されませーん!」
滅茶苦茶こっちを馬鹿にするような表情で、胸の前で腕をクロスさせ、バッテンを作る先生。
もしこの先生が同級生だったら絶対に殴ってた。
そう確信を抱くくらいには、ムカつく表情だった。
「昭和生まれの人で、平成を未婚のままで終わった人のことを平成ジャンプっていうみたいですね」
ムカついたんでちょっと失礼なことを言うと、
「おい、口には気を付けろ。私は、お前らと同じ平成生まれだ」
ガチのトーンでキレる先生。
「え、あ……。いやでも、平成初期と2000年以降に生まれた俺らを一緒にするのはいかがなものかとおもうんですけど」
「ああ?」
「……いえ、なんでもないです」
シャレにならない視線で睨まれてしまったので、流石にこれ以上口ごたえはしなかった。
「さて? そんな不純異性交遊をしでかす困った問題児二人には、罰を与えなければならないのだが」
「もう一度言うんですけど。俺たちは今、本当に付き合ってないんです。だから、罰なんて言われても困ります」
俺の真剣な表情を見て、にやけ笑いを浮かべるだけだった先生も真面目な表情になった。
「……それなら本部は綾上には特別な感情を抱いていないと言うんだな?」
まっすぐに俺のことを見る先生。
隣に座る綾上が、こちらに視線を向けているのに気づいたが、彼女に向かって何かを言うことはない。
俺は、目の前にいる相手が先生だからといって、中途半端な嘘を吐いて綾上を傷つけたくない。
「……いえ、俺は綾上が好きです」
「……は?」
「ふえっ……」
大きく口を開いた先生。
驚いたように声を漏らした綾上。
二人の反応を見ながら、俺は続けて言う。
「俺、綾上のこと好きなんです。でも、綾上には達成したい目標があって、俺と付き合っていたら、その達成が難しいんです! だから今は……付き合っていないんです、俺たちは!」
俺の言葉を聞いた先生は、呆然とした表情をしていた。
そして綾上は動揺していた。
「もう、君、バカッ! なんで先生の前で、そんな恥ずかしいこと言っちゃうかな……」
困ったように、俯いたまま言った綾上。
俺はその発言に返す言葉がなかったので、「わ、悪い……」と一言呟いた。
すると、綾上は顔を上げて、うるんだ瞳でこちらを見ながら、言った。
「……でも、君のそういう急にバカになっちゃうところ……大好きです♡」
幸せそうな表情。
この尊い笑顔を見て、俺は……。
「またイチャイチャしてる……担任教師の前で堂々と、イチャイチャしてる……」
何かを言おうとしたのだが、冥府の底から響いてくるような怨嗟の声が聞こえて、我に返った。
見れば、恨めしそうな視線をこちらに向けていた先生。
「「す、すみません」」
俺と綾上が、同時に頭を下げて謝る。
「ほんとそういうの……やめて。若者らしい初心な恋愛とか、先生ほんと死にたくなるから……お願い、やめて」
みっともなく哀願する先生。
「「ほんとにすみません」」
俺と綾上はまたしても、顔を真っ赤にしながら同時に謝る。
その様子を見てから、先生は一度ふっと優しい笑顔を浮かべてから。
「ちくしょう、私もこんな青春がしたかった……」
両手で顔を覆ったのだった。
……あれ、もしかして先生泣いてる?
「分かった、先生分かった。お前らが不純異性交遊ではなく、純異性交遊をしていること。そういうの、すごく良いと思う。先生、お前らの恋、応援したいと思った」
「分かれば良か……いや、純異性交遊ってなんですか?」
「ただ、それでもお前らのイチャイチャは目に余る! 私の精神を汚染するのはやめていただきたい!」
そして、唇をかみしめながら涙を流し、震えた声でありながらも毅然とした態度で、先生は言う。
「お前らがお互いのことが好きで、そして大切に想っているからこそ、ある程度の距離を置いている。それは本当に素晴らしいと思う! ……だから、私に……」
声高らかに、先生は宣言する!
「結婚適齢期の男を紹介してくれ!」
止めどなく溢れ、流れ落ちる涙。
止めようのなかった心中から零れ落ちた本音。
もしかしたら不純異性交遊の罰が云々言っていた時も、こうして俺たちに紹介させようという魂胆があったのかもしれない。
どんな神経してんだ、この先生は……。
そう思いつつも、号泣してしまった先生を落ち着いて話ができるようになるまで、俺と綾上は時間をかけて宥めたのだった。
☆
そして先生から解放され、今は綾上と二人で図書準備室にいた。
「えと……大変だったね」
「うん。まぁ、おとがめなしで本当に良かったよ」
俺と綾上は、笑い合う。
いや……先生を見て、笑うしかなかったのかもしれない。
少し間を開けてから、真剣な表情を綾上は浮かべた。
どうしたのだろうか? そう思い問いかけようとしたのだが、その前に綾上が口を開いた。
「……こう言ったら、すごく失礼だとは思うんだけど。私、先生を見て思ったの。やっぱり、結婚したいのにできないってのは、辛いんだなー、って」
先生のいる前では言えなさそうなことを、綾上は告げた。
「……本人に結婚願望があって、それでもできないってのは、確かにちょっと辛そうだよな」
今は晩婚化が進み、正直言って20後半で結婚できなくっても、特別遅いというわけじゃない。
それでも、本人が結婚したくてもできないのなら、辛いんだろうなぁ、と思って、俺も同意をした。
俺の言葉を聞いた綾上は、少し頬を上気させ、もじもじとしながら言葉を続けた。
「うん。だから……私頑張るから」
「うん。……うん? どうした?」
俺は綾上が何を言おうとしているかわからなくて、そう尋ねた。
綾上は、ゆっくりと深呼吸をしてから、俺に向かって口を開いた。
「私が目標を達成出来たら……できるだけ早く、お嫁さんに貰ってほしい、です」
こちらを伺うように視線を向ける綾上。
濡れた視線は熱っぽく、放った言葉は大胆で。
だけど、もじもじと恥ずかしがっているような仕草から、どこか控えめな印象を受けて。
上手くは言葉にできないのだが……そのギャップに、俺はくらりとして、何も言えなくなった。
そして。
――付き合ってもいないのに、イチャイチャしてごめんなさい。
と、心の中で先生に、全力でごめんなさいをするのだった。




