4、クソレビュアーと妹(下)
「すごい久しぶりだよね、ここに来るのって」
「俺たち、二人ともまだ小学生だったよな」
「うん。なんだか、楽しみ」
――と、いうわけで。
俺と幸那ちゃんは今、バスを使って水族館に来ていた。
先ほどのデートという発言の真意が分からないまま、ここまできたのだが……。
「俺もめっちゃ楽しみ! 幸那ちゃんからデートに誘われるとは……お兄ちゃん、もしかして今日死んじゃうのかな?」
お兄ちゃん、幸那ちゃんからデートに誘ってもらえて舞い上がっているの巻。
「……テンション上がりすぎ。兄さん、キモイ」
辛辣な幸那ちゃんの言葉も、今の俺にはノーダメージだった。
「それじゃ、早速入ろうか」
館内は混雑しているだろうし、はぐれないように俺は幸那ちゃんの手を握って歩く。
幸那ちゃんも、俺の手をギュッと握り返してくれた。
「うん」
こうして手を握って歩いていると、なんだか小さい時を思い出す。
自然と手を握り返してくれた幸那ちゃんも、きっとそうなんだろう――。
☆
受付を済ませて、俺たちは館内の案内に従って、歩く。
この前綾上と行った動物園と同じように、家族連れや若いカップルが多い。
「幸那ちゃん、水族館に来たってことは、見たい生き物がいるの?」
俺が尋ねると、困ったように苦笑した幸那ちゃん。
「うーん、そういうわけじゃなくて。まだ、水族館には鈴ちゃんと来たこと、ないんだよね?」
「うん? ……そうだけど、それって何か関係あるの?」
「あるよー」
幸那ちゃんはなんだか呆れたように言った。
俺は考える。
わざわざ綾上といったことのない施設をデート場所に指定する理由。
……なるほど、きっと幸那ちゃんは、綾上だけじゃなくて、自分にも構ってほしかったのだろう。
そして、綾上と同じでは嫌だ、と。
なるほど、可愛らしい嫉妬心じゃないか。
しかし、寂しい思いをさせてしまったのは、申し訳ない。
俺は慈愛の表情を浮かべつつ、幸那ちゃんの頭を撫でてあげる。
「え、いや……どうしたの?」
「うん、寂しい思いをさせてごめんな?」
疑問を抱いた表情だったが、それでも嫌がるそぶりは見せなかった。
「兄さん……なんかその表情ムカつくからやめて」
……幸那ちゃんのそんな言葉も、照れ隠しと思えばお兄ちゃんは我慢することができるのだった。
――そして、二人で館内を案内に従って見物する。
「ペンギンって、種類にもよるけど。結構大きいんだね」
「うお、サメ、すげー迫力!」
「水槽の中の魚がキラキラしてて、綺麗だね」
「うお、サメだ!」
「もう見た」
そして、今度は別館に移動し、イルカショーを見学する。
イルカ達は調教者の指示に従って、様々な芸を披露する。
俺も幸那ちゃんも、それを見て感心した。
「みんな凄く賢いね。兄さんよりも言うこと聞いてくれそう」
「俺は幸那ちゃんのお願いなら、何だって言うこと聞くよ?」
「……バカ。兄さんのシスコン」
プイ、と照れて顔を背ける幸那ちゃんが可愛くて、イルカショーの後半のほとんどを見逃してしまうのだった――
☆
「さて、それじゃ帰りますか」
水族館を堪能し、時間も遅くなってきたころ。
俺は幸那ちゃんに向かって言った。
「うん、そうだね」
満足そうに頷いた幸那ちゃんに向かって、俺は聞く。
「今日は楽しかった?」
「……うん」
そう呟いて首肯した幸那ちゃん。
「本当は今日。兄さんがちゃんとデートで女の子に気を使えるか、ダメ出しをしようと思ってたんだ」
「そ、そんなことしようとしてたの?」
「うん。でも、兄さん。私の歩くペースに合わせてくれたり、疲れたら休憩しようって言ってくれたり、案内も手際よくしてくれたし。……あんまりダメ出しすることがなかった」
恥ずかしそうに言う幸那ちゃん。
お兄ちゃんは褒められてご満悦だった。
「次、鈴ちゃんと水族館に来ても、完璧にエスコートできるね」
「ああ、それで綾上と来たことのない場所に来たかったのか」
「うん、下見になればいいな、って思って」
柔らかく微笑む幸那ちゃんに、俺はふと疑問に思ったことを投げかける。
「そういえば、なんでデートのダメ出しをしようと思ったの? 俺と綾上は別れてるわけだし、デートをする予定は残念ながらないんだけど」
それについては今朝説明したので、幸那ちゃんもわかっているはず。
「やっぱり、お兄ちゃんとデートしたかったからこじつけた言い訳だったり?」
「違うから。……兄さんにはこれからもっと、もっと素敵な男の人になってもらわなくちゃいけないから」
「……え?」
俺は幸那ちゃんが何を言おうとしているのか分からず、呆けた声を出した。
「鈴ちゃんみたいな完璧美少女と、兄さんは釣り合わないから。だから、鈴ちゃんが目標を達成した時、また兄さんの恋人になってもらえるためにも。兄さんには素敵な男の子になってもらわないと、私は困るの」
ぎゅ、と俺の手を両手で包み込みながら、幸那ちゃんは続けて言う。
「だから、これからも……兄さんとは、こうしてたまにデートして。鈴ちゃんに見合う男の子になってるか。私がチェックをしてあげるね」
こちらを見ずに、俯きつつも、その両手はしっかりと俺の手を握っていた。
真っ赤になった耳。照れ臭いのを我慢していってくれた言葉なのは、明らかだった。
――やはり俺の妹がこんなに可愛いのは間違っていない。
幸那ちゃんの小さくて冷たい手を感じながら。
俺はそう確信したのだった。




