3、クソレビュアーと妹(上)
「そういえば兄さん。最近、鈴ちゃんとはどうなの?」
とある休日。
俺がリビングで小説を読んでいると、録画したドラマをテレビで見ていた幸那ちゃんからそう尋ねられた。
……実はまだ、幸那ちゃんに綾上と別れたことは言っていなかった。
言い出すタイミングがなかったし、絶対怒ると思うし。
しかし、ここでごまかすことは出来ない。
「……幸那ちゃんにはまだ言ってなかったんだけど……」
「うん? 何?」
「俺と綾上。別れたんだよ」
俺が小説から視線を幸那ちゃんの方に向けて答えると……。
「兄さん、私そういう冗談……嫌い」
真顔で言う幸那ちゃん。
幸那ちゃんに嫌われたら、お兄ちゃんもう死ぬしか……
そんな絶望的な考えを抱きながらも、俺は説明をすることにした。
「その……綾上には、目標があるんだ」
俺の言葉を、無言で聞く幸那ちゃん。
「それで、その目標は、俺たちが付き合っていたら、叶えられないんだ」
「……だから、別れたの?」
うん、と俺は厳しい表情のままの幸那ちゃんに首肯した。
「……本当に、鈴ちゃんと別れたの?」
「うん、別れた」
二度目の返事に、幸那ちゃんは今度こそ理解したようだった。
「別に、喧嘩しちゃったり、嫌われたりしたわけじゃないんだよね? 今もイチャイチャしてるみたいだし」
「うん。俺は綾上のこと、今も好きだし……綾上も、俺のことを好きって言ってくれてる。だから、綾上の目標が達成出来たら、俺はもう一度告白するつもりなんだ……イチャイチャはしてないよ?」
俺の言葉を聞いて、幸那ちゃんは大きなため息を吐いた。
「……事情は分かったけど、なんでそうなったの? 兄さんがちゃんと応援してあげればいいのに」
イチャイチャはしてない宣言を華麗にスルーした幸那ちゃんに、俺は言う。
「応援はしている。だけど、俺にも……つまらない意地があるから」
「兄さんのバカ、鈴ちゃんと付き合ってない兄さんなんて……魅力半減だよ」
困ったように幸那ちゃんが言う。
俺の良いところの半分、ほとんど俺関係なくね?
「残り半分の魅力は……?」
お兄ちゃんは悲しくなるものの、縋るように問いかける。
「……優しいところ」
照れたように俯きつつ、幸那ちゃんは言った。
幸那ちゃんはたまに、急にデレる。
俺は嬉しすぎて心肺停止しそうになった。
……もちろん、そんな気がしただけだ。
「幸那ちゃん……」
俺は感極まって、幸那ちゃんをぎゅっと抱きしめようと腕を広げて立ち上がったのだが、肝心の幸那ちゃんには、ひらりと身を躱されてしまった。
そんな滑稽な俺に対して、幸那ちゃんは拗ねたように言う。
「それにしても、ちゃんと私には報告してほしかったな」
「それは……本当にごめん」
「もう、良いよ。二人が喧嘩別れしたわけじゃなくって……ちゃんとお互いのことを考えて別れたんだったら、私が口出しすることじゃないし」
不機嫌そうなまま、幸那ちゃんは続けて言う。
「兄さんはまた鈴ちゃんと付き合いたいって思ってるのかもしれないけど。もしもこれから先、鈴ちゃんのそれで結気持ちが変わって、それで結局別れたまんまになっちゃったら。……兄さんは、どうするの?」
真剣な表情で俺に問いかける幸那ちゃんに、俺も真剣に答える。
「泣く」
「へ?」
「全力で泣く。めっちゃ引きずるし超泣くししばらくは立ち直れずに引きこもることになる。綾上とまた恋人になれなかったら……確実にそうなる」
俺は自信満々に言った。
「うわぁ……兄さん、めんどくさい」
幸那ちゃんは引いていた。
「だから、もしも、万が一。億が一……兆が一。そうなってしまった場合は、幸那ちゃんが俺を励まして欲しい」
「それは無理」
俺の哀願を即答で拒絶する幸那ちゃん。
「なんで!?」
「だって、鈴ちゃんがお義姉ちゃんになってくれなかったら……私も泣くし、超泣くし。兄さんと一緒に引きこもるから」
「幸那ちゃん……」
悲しそうに俯く彼女に、俺は声をかける。
幸那ちゃんは顔を上げ、俺が何かを言おうとしているのを見て、無言のまま待つ。
「綾上のこと好きすぎじゃね? お兄ちゃん、ちょっと心配だよ……」
綾上も幸那ちゃんのこと可愛いがっているし、そういう性的趣向に目覚めてしまったら。
お兄ちゃんもまた新たな扉を開けることになるかもしれません。
俺の言葉を聞いた幸那ちゃんは、ぽかんと口を開けて……。
……。
…………。
「それ、兄さんにだけは言われたくないしっ!!」
珍しく語気を荒げたのだった――。
☆
「あ、そうだ兄さん」
綾上の話が終わり、再び小説を読んでいた俺に、何かを思いついたのか、幸那ちゃんが声をかけてきた。
「うん、どうしたの?」
「お昼から暇でしょ? 一緒に、デートしよっか」
「あー、うん。特に予定はないから良いよ。お兄ちゃんとデートしよっか。……え?」
俺の答えを聞いた幸那ちゃんは、にこにこ笑っていて……。
「えっ!?」
どうやら俺は、妹とデートすることになったのでした。




