2、クソレビュアーと恋愛相談
「最近……綾上と何かあったのか?」
とある日の休み時間。
綾上が席を立ったタイミングを見計らったかのように、体育会系の爽やか男子、小川にそう問いかけられた。
俺と綾上は、以前ほど放課後に一緒に行動をすることが少なくなった。
きっと、クラスメイトの目から見れば……俺と綾上が別れたことも、一目瞭然なんだろう。
「……やっぱ、分かるか?」
俺は苦笑しつつ応えた。
すると……。
「ああ、やっぱり。……大人の階段、上ったんだな、本部は」
尊敬の眼差しを俺に向ける小川。
「……は?」
「いや、もうごまかさなくっても良いって。本部たちほど仲良くてそういうことしないカップルなんて、いねぇもんな」
一人でうんうん頷く小川。
……何を言っているんだ、こいつ?
「……一応聞くけど。どうしてそう思ったんだ?」
「前みたいに、どこでもイチャイチャする付き合いたてのカップル感が、最近はやや薄れてきててさ」
やや薄れてきて?
「だからと言って、倦怠期に入った様子もなく、たまに二人の交わす視線には、信頼感っていうのかな? まぁ、これまでよりも相手を深く知ったような視線を交わすじゃん?」
これまでよりも相手を深く知ったような視線?
どんな視線だよ。
「だからこいつら……神ったな、と」
……小川の言いたいことはわからないのだが、こいつも例のマンガを読んでいることはわかった。
意外と話が合うかもしれない。
そんなことを思ってから、俺は口を開いた。
「俺と綾上な」
「うん」
「別れたぞ」
「いや、そういう冗談はどうでも良くてさ。そんな大人になった本部に、相談があるんだ」
めっちゃ軽くスルーしやがったぞ、こいつ!?
「実は俺……好きな子がいるんだ」
「はぁ」
「原田のことが、すげぇ気になるっていうか……」
少しだけ躊躇うそぶりを見せたが、すぐにその名前を口にした小川。
……はぁ、原田ね。
このクラスにいる女子で、派手なギャルっぽい見た目の女子だ。
結構面倒見が良い性格みたいで、コミュ障気味の綾上とも良好な関係を築けるコミュ力モンスターでもある。
小川とも結構仲良く話しているのを割と見るし、原田の見た目も可愛らしいから、惚れちゃっていても不思議ではないか。
「俺、バスケ部なんだけどさ」
「ああ、それはまぁ、知ってるけど」
「この間あったインターハイ予選で、初めてスタメンで出たんだよ。先輩らの最後の大会だし、めっちゃ気合い入れて試合に臨んだんだけど……ちょっと冷静さを欠いていて、ミスをやらかしちまったんだ。それで流れが変わって、結構危ない試合になったんだ」
この学校のバスケ部は、この間の県大会でベスト4に入った、結構な強豪だった。
そこでスタメンになるとは、ただの爽やか体育会系じゃなかったんだな。
「俺はベンチに返されて、そのまま試合終了まで座ってた。結局は勝てたんだけど、俺めっちゃ落ち込んでさ。チームメイトは励ましてくれたんだけど、それでも試合に出る迷いはあった。また失敗したらどうしよう。今度こそ俺のミスで負けたら、どうしよう……ってさ」
遠い目をしながら、小川は言う。
……ていうか、俺は何も聞いてないのによくしゃべるな、こいつ。
「そんな俺に、声をかけてくれたのが、応援に来てくれていた原田だったんだ。あいつ、落ち込んだ俺になんて言ったと思う?」
「知らん」
ついでに言うと、興味もなかった。
「あいつはさ、『さっきはちょっと失敗したけど、次頑張って! ウチ、小川のカッコいいとこ、みたいかも』って、言ってくれたんだ。そんな風に励まされて俺……次の試合頑張ることができたんだ。それで、準々決勝では俺、トリプルダブルを達成することができたんだ」
「お前単純すぎない?」
原田のその言葉で奮起できるなら、チームメイトの励ましの時点で立ち直っとけよな、としか思わなかった。
「それから俺は原田のことが気になってさ。『試合かっこよかったよ』とか、『また応援するね』って言われたり、休みの日に遊びに誘われたり、嫌われていないのは確かなんだろうけど。それでも、告白が成功するかどうか、まだ不安でさ」
「何それ、付き合ってもないのにイチャイチャしすぎだろ、信じられん……」
惚気られているようにしか聞こえなかった。
他人の恋愛話とか、超絶興味がない。
ただ、こいつが本気でアドバイスが欲しいのは伝わったので、俺はしかたがなく言う。
「安心しろ、それ両思いだから。さっさと告白すりゃ良いじゃん」
「ばか! おま……ばか! 声がでけーよ!」
「えぇ……」
かなり焦った様子の小川。
……お前、さっきまで結構な声量で話してたよね?
ぶっちゃけさっきから教室の前の方にいる原田がちらちらこっち見て、顔赤くしてますけど?
「……てなわけでさ。どうしたら原田と付き合えるか。本部に……いや、師匠に教えてほしくてっ!」
その言葉の後、原田が顔を真っ赤にして教室を飛び出した。
……俺に教わることなんてもう何もないでしょ、これ。
「て、いうか。なんで俺に? 小川、確かバスケ部だよな? 同じ部員に、彼女いるやつなんて腐るほどいるだろ? そいつらに聞けよ」
俺はおざなりに答える。
「……あいつらはさ、恋愛ごとに慣れきってんだよ。そんな奴らの意見なんて、参考にならないって」
「なるほど。……あれ、小川今俺に失礼なこと言ってない? 誰が非モテボッチコミュ障のゴミだって?」
「そこまで言ってないから、絡むなよ……。ただ、本部の意見の方が、俺にとってはよっぽど参考になるだろうな、って思ったんだよ」
……あれ、やっぱそれフォローになってなくね?
と思いつつ、アドバイスもクソもねーだろと思った俺は、親指を立てながら言う。
「ていうか、普通に告ったら付き合えるって。ダイジョブダイジョブ」
「んな無責任な……」
絶望した表情で言うものの、変な策を弄した方が失敗のリスクが無駄に高くなるだけだろう。
「ちなみに。本部はなんて綾上に告白したんだ?」
「……最初は、告白したわけではないけど」
「なに!? 告白されたのか!!?」
結婚を前提に付き合ってほしいと言われた、とは流石に答えられないし、小説に関することも言えない。
俺も綾上に告白したけど……詳しく話すとボロが出そうだから、やめておこう。
俺は少しぼかしつつ、こいつが納得するかどうかはわからないが、告げることとした。
「……俺が綾上の悪いところを指摘したら、好きって言ってもらえた」
自分で言うのも恥ずかしい。
ていうか意味が分からない。
「はぁ!? なんだそれ、意味が分から……いや。でも漫画とかで主人公がヒロイン説教して惚れられるとかって、割とあるよな……」
ぶつぶつ言う小川。
うわ、何言ってるのこいつ? そう思いつつ何と答えたらいいかわからないまま、小川を放置していると。
綾上が教室に戻ってきた。
ちなみに、その後ろから真っ赤な顔のままの原田も教室に戻ってきた。
綾上が自席、つまり俺の隣の席に戻ってくると、小川はニコニコ笑いながら問いかけた。
「あ、綾上。ちょうど良かった。……今、本部に聞いてたんだけど。綾上って、本部に悪いところを説教されて、惚れたって。本当なのか?」
「え!?」
「ああ、いや。かなり簡単に言ったら、そうだよな、ってこと」
俺の言葉に納得したのか。
綾上は少し安心したような表情でほっと一息ついてから。
「……う、うん。最初は厳しいことを言われてすごく悲しかったけど。私のことをちゃんと見てくれているんだな、って嬉しくなって。……いつの間にか、大好きになってました」
照れくさそうに頬を赤く染めて、もじもじと指先をいじりながら答える綾上。
……超絶可愛い。
「ええと。……な?」
綾上の可愛さに狼狽えつつ、俺は小川に言った。
「マジだった……。なるほど、つまり女子的にも『説教からの告白』はベスト、というわけだな。……よし、いける!」
ごめん、小川、多分いけないと思う。
それで惚れるやつは、普通はいないと思うんだ……。
固く決意する小川に俺は一言やめとけ、と言いたかったのだが――。
キーンコーンカーンコーン
と、無情にも鳴り響くチャイム。
「ありがとう、二人とも! 俺、なんかつかんだ気がする!」
「あ、ちょ……」
小川、お前は今一体何を掴んだのだ……?
地獄への片道切符とか?
哀れな小川の背を眺めつつ、これであいつが振られちゃったらどうしよう……とビビっていた俺の机の上に。
ぽん、とメモ帳が置かれた。
そのメモ帳に視線を落とす。
……そして、隣を見ないまま。俺はメモ帳を開いた。
『私がいない時、私の話をしてたんだね……。嬉しいかも♡』
内容を読んでから隣を見ると、綾上と目が合う。
そして、「てへへ……」と、頬を紅潮させ、照れたように笑う綾上。
……ごめん小川。
後でちゃんと「普通に告白しろ」ってアドバイスしなおすから。
この授業中、お前のことを忘れて綾上の可愛さに心トキメく俺を許してくれ……。
☆
放課後。
俺の静止の言葉も聞かずに、迸る情熱を抑えきれなかった小川が、原田を呼び出し告白。
小川は全力で原田の良くないところを指摘。
そうして、徐々に涙目になった原田に……。
「でも俺は、原田のそういうところもひっくるめて全部好きだ! 付き合ってくれ!」
と叫んだらしい。
小川は俺が思っていたよりもずっとバカだったらしい。
――そして告白をOKした原田。
曰く、小川の告白を受けて、「私の良いところも悪いところも、全部を受け入れてくれそう……かっこよかった」という、見た目のギャルっぽさからは想像できない純情な思いを抱いたようだ。
……まぁ二人は元々両思いだったみたいだし。
俺が関与する余地はなかったんだろうなぁ、と。
他人事なので、そう思うことにした。




