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彼方に飛ばされて  作者: 渡良瀬ワタル
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辻斬り その1

 深夜、星明かりも差し込まぬ新宿は花園神社の裏通り。

球切れしている街灯もあって薄暗かった。

遅い時間帯にも関わらず人通りが絶えない。

が、それほど多いというわけではない。

常に四、五人ほどが歩いているというだけ。

たいていが千鳥足。

酒臭い息を吐きながら表通りに向かう者が多い。

 これから飲みに向かうのか、

反対方向から歩いて来る者もいるにはいるが、数自体は少ない。

その一人に一際大柄な男がいた。

急ぐ様子ではないが、大股でスイスイと歩いていた。


 と、不意に左の路地から一人、男が飛び出して来た。

長身の男で、大柄な男の前に立ち塞がった。

街灯が男を照らした。

覆面に、黒いスーツ姿、腰には刀を差していた。

この時代では有り得ぬ格好。

時代遅れ、とでも言おうか。

 行き合わせた酔っぱらい達には目もくれず、大柄な男の顔を見据えた。

そして、相手が驚いて足を止めるより早く、

一挙に間合いを詰めて腰の刀を鞘走らせた。

早業。

街灯が一瞬、白刃を照らしたのみ。


 大柄な男は一言も発っする事が許されなかった。

斬り放たれた生首と血飛沫が裏通りに舞い散った。

長身の男は刀を下げたまま、脇目も振らずに元の路地に戻って行く。

後に残ったのは、行き合わせた酔っぱらいの悲鳴だけ。

恐怖に駆られた叫びが上がった。

「辻斬りだあ」


 榊毬子の席は窓際にあった。

三階で陽当たり良好。

あまりの心地良さに授業中にも関わらず居眠りしていた。

学期ごとに席替えをするが、

毬子は長身を理由に常に最後尾を主張した。

「私、後ろでないとよく眠れないの」とも身勝手に言い募って、

合わせ技で強引に窓際の席をもぎ取っていた。

もっとも生来の天然が幸いして、咎められることは一切なかった。


 突然の怒鳴り声。

何を怒鳴っているのか分からないが、思わず目を覚ました。

右隣の吉田一郎が毬子に笑いかけた。

「おはよう」

「おー、おはよう。

今のは何、何かあったの」

 吉田は教室後方の右を指差した。

「あれだよ」

 大柄な二人、川口義男と田村美津夫が険悪な表情で睨み合っていた。

そこに教師の尾藤正が両者の間に割り込もうと、奮戦していた。

いつもは温和しい川口の顔面が朱に染まっていた。

対する田村は、睨み合いながらも余裕が垣間見えた。

尾藤は悲しいかな、二人の間には割り込めそうになかった。


 毬子の脳内の『それ』が言う。

「川口のゲームソフトを田村が強引に借りた事が原因だな」

「見てたの」脳内会話を始めた。

「お前が居眠りしていたのに、どうやって見ると言うんだ」

「そうか、そうよね、盗み聞いていたのね」

「人聞きの悪い。

目は閉じていても耳があるから聞えてくるんだ。

授業もお前よりは聞いてる」

「それにしては私の成績悪いけど」

「当たり前だろう。

聞いているのは俺で、お前じゃない。

俺が幾ら聞いても、お前の脳味噌には何も残らない。

自分の脳味噌に刻みつけるには自分で学ぶしかないだろう」

「役に立たないわね。

それより、どうして授業中に喧嘩になるの」

「田村が休憩時間に強引に借りたんだが、

それが我慢出来なかったらしい。

授業中になって川口が突然キレた」

「遅いキレね。

まあ、アイツらしいけど」


 みんなは突然の出来事に唖然としていた。

一人、教師の尾藤だけが必死になって止めようとしていたが、

あいにく小柄な彼では非力すぎた。

川口が田村に詰め寄り、唾を飛ばしながら、「返せよ」と。

田村が唾を拭って顔を急接近させた。

「汚いな、この唾。病気を移すなよ」と、せせら笑う。

 大柄な二人だが肉の質が違っていた。

柔道で鍛えている田村に比べ、川口はただ単に太っているだけ。

いつもは弱腰の川口であったが、今回だけは譲れないらしい。

太い腹を密着させて抗議していた。

みんなの噂では二人ともロリコンゲームの愛好者とか。

たぶん、それが争いの元なのだろう。


 毬子は、『それ』に言う。

「そんなに大事なソフトなら学校に持って来なければいいのにね」

「子供だから自慢したかったのだろう」

「ゲームの何が面白いの、理解できない」

「お前は読書三昧、奴等はゲーム三昧、似ているじゃないか」


 オロオロしている尾藤が哀れに見えた。

彼に教師としての威厳がないのは、小柄な体躯だけが理由ではなかった。

彼の置かれた立場がそうさせていた。

正規の教師ではなく、不安定な非常勤教師であるという立場が、

生徒達に気の毒がられていた。

教員室に彼専用の席はなく、

他の非常勤教師達と共用の長いテーブルを宛がわれていた。

同情される立場では、威厳などが培われる分けがない。

 全ては経費節減の為。

彼は受け持った教科の時間だけ学校に来る。

そして授業が終われば、稼ぐ為に別の学校へ行く。

であるので生徒達と慣れ親しむ時間も全く確保されていない。


 毬子は立ち上がった。

今まで居眠りしていたとは思えぬキリッとした表情。

背筋を伸ばすと豊かな胸が強調された。

察した吉田が小声で止めた。

「止めろよ。田村はヤバイよ」

 前の席の野上百合子も聞えたらしい。

「マリ」と振り向いた。

綺麗な顔を曇らせて毬子を見上げる。

近くの生徒達もその様子に気付いたらしい。

次々と振り返った。


 『それ』も、「お節介じゃないのか」と止めた。

田村は柔道部ではそれなりに強いらしいが、

性格が悪いという事で主将はおろか副主将にも推されず、

部活でもクラスでも、みんなに敬遠されていた。

毬子は田村とは一年の時にも同じクラスだったが悪い印象はない。

乱暴な言葉使いと厳つい顔と身体が損をしている、と認識していた

親しく会話した事はないが、どちらかというと子供っぽく見えた。

歩み寄る毬子に田村が気付いた。

不思議そうに視線を転じた。

「これは、これは、何か用か」

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