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彼方に飛ばされて  作者: 渡良瀬ワタル
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満月の夜 その6

 青褪めた劉邦だが、それでも必死になって項羽を睨み返した。

健気な態度に項羽は苦笑い。

二人の最初の対峙は、今は亡き楚王の、

「関中に一番乗りした者を関中王にする」という一言。

言葉を信じて劉邦は少数で、助攻として迂回路から関中を目指した。

対する項羽は楚王の言葉を軽視。

「秦を滅ぼすには、秦の力の根源、軍を叩く事である」

主攻として秦軍壊滅を優先し、

反秦連合軍諸将を従えて表街道より攻め上った。

秦朝廷も、「反乱を鎮圧するには、その主力である項羽の楚軍」と、

大将軍達を次々と項羽の率いる反秦連合軍にぶつけた。


 かくして東進する秦の主力軍と、西進する項羽率いる反秦連合軍が、

途中の山野で幾度も幾度も衝突を繰り返しす事となった。

その悉くを時間をかけながらも叩き潰す主攻の反秦連合軍。

それでも諦めずに軍を再編成しては送り出す秦軍。

戦局は勢いのある方に傾いた。

秦軍は主攻の反秦連合軍の前に壊滅するか、

矛先を避けて逃げるしかなくなった。

主力を失った秦朝廷は西進を続ける項羽を恐れた。

一族の身の安全もあって、助攻の劉邦軍に降伏した。

「新しき関中王様に譲ります」と玉璽を差し出した。


 劉邦は勝利に酔うと同時に、これまた項羽を恐れた。

関中への入り口である函谷関の防備を固めた。

函谷関は、「これを破るには百万の軍が必要」と言われる要害。

それでも劉邦は不安から、降伏した秦兵も加える念の入れよう。

 偵察隊から知らされた項羽率いる反秦連合軍は怒った。

「味方を閉め出すとは」

「一人で秦を滅ぼした気でいるのか」等々。

諸将は、「劉邦討つべし」と項羽を突き上げた。

軍師として傍に侍る范僧も同意見であった。

「丁度良い機会です。劉邦を取り除きましょう」


 項羽も劉邦の行為には怒っていたので否はなかった。

ただちに全軍に命を下した。

「このまま西進を続ける。劉邦を討て」

 怒りに狂った反秦連合軍が函谷関に襲い掛かった。

一番乗りしたのは英布、力任せに関を打ち破った。

兵力に加えて勢いのある連合軍に、

戦意を失った秦兵の混ざる劉邦軍では太刀打ち出来ない。

咸陽へ、咸陽へとジリジリに退却を続けた。


 両者の仲裁に乗り出したのが、項羽のもう一人の叔父、項伯。

「双方に何かの誤解でもあるのではないか」

 項伯は劉邦の軍師・張良とは友人であった。

その関係からの仲裁話と知りながら項羽は受けた。

叔父が項羽の数少ない血族であったから顔を立てたのだ。

 こうして両者が会談して一応は収まったが、それからも紆余曲折があり、

今では、「劉邦討つべし」と喚いていた諸将の大半が、

掌を返して劉邦側に寝返っていた。

叔父の項伯でさえもだ。


 項羽は戦場に立つと、これまでの意趣遺恨を忘れて戦を楽しんだ。

根っからの戦好き。

今夜も一直線に突き進もうと、劉邦の厚い防御陣に斬り込んだ。

迎撃する敵兵の波を強引に剛力でもって撫で斬りにした。

 劉邦の軍にも腕の立つ者はいた。

そういう者達が数人掛かりで項羽の足を止めた。

必死になって返り討ちにしようと立ち働く。

すると、いつもだと項羽の背中を守る役目の虞姫が、

「私が道を開けるわ」打って出た。

「待て、待て」項羽が止めるが、虞姫は止まらない。

 両手に短剣を持ち、敵の側面を衝いた。

一方が盾の役目をし、もう一方で斬る。

項羽のような無理攻めはしない。

相手の手首を斬り、蹴りを喰らわせ、

余裕があれば首に剣先を突き入れた。

彼女の攻防の様は、「流麗」の一言。


 これに彼女配下の女兵士達が従った。

いずれも彼女の生家、虞家の者達であった。

虞家は方術を生業とする一方、豪農でもあったので、

多くの使用人、私兵を抱えていた。

 虞姫の劉邦への怒りは、劉邦が項羽の敵であるからだけではない。

劉邦が敗走する度に、軍に帯同していた妻子を見捨てるからであった。

とにかく彼は、「俺が生き残れば何とかなる」と脇目も振らず逃げたのだ。

 劉邦敗走の度に項羽軍が埃まみれの妻子を保護した。

正室、呂雉と一男一女。

哀れな妻子を見かね、虞姫が世話を買って出た。

お蔭で劉邦の妻子とは親しい間柄。

虞姫と呂雉は互いを字で呼び合うようになった。


 妻子への愛情とは裏返しに、劉邦には嫌悪感だけがあった。

その嫌悪感丸出しで虞姫が突き進んだ。

遅れじと女兵士達が彼女の左右を固めた。

一糸乱れぬ魚鱗の陣形。少数で敵防御陣に突入した。

 虞姫目掛けて矢が飛来した。

正確に顔を捉えていた。

彼女は避けない。剣先で巧みに弾いた。

「こんなもので私が倒せるか」一喝した。

 虞姫達の突入が足止めされた項羽軍に有利に働いた。

敵の防御陣が大いに乱れた。

項羽軍はそこを見逃さない。

衝いた。

防御陣に更なる大きな穴を開けた。

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