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彼方に飛ばされて  作者: 渡良瀬ワタル
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満月の夜 その3

 榊毬子が満月を見上げていると、どこからか呼ぶ声がした。

「マリ、どうした、月が珍しいのか」

 庭には他に人影はない。

声は自分の内側から発せられたもの。

毬子以外には聞えない。


 毬子が自分の中の別の存在に気付いたのは、年端も行かぬ頃だった。

その時から、「毬子、毬子」と呼び掛けられた。

当初は、さして気にも留めず、

姿は見えないが楽しい遊び仲間だと思っていた。

 内側からの声の相手をしていると、

他の者達には一人遊びしていると映ったらしい。

みんなに、「マリちゃんは楽しそうに独り言で遊ぶのね」と笑われた。

 毬子は人の噂など気にしなかったが、『それ』はとても気にした。

「マリ、今度からは頭の中で話そう」と脳内での会話を練習させられた。

お蔭で脳内会話に習熟した。

その副作用として、

『それ』の居場所を感じ取る事が出来るようになった。

『それ』は脳内の使われていない一角に棲んでいた。

毬子が指摘すると『それ』は、

「使われてないし、これからも使う事はないだろう」と笑った。


 ある時、多重人格という言葉を覚えた。

どのようなものかを知ると、「もしや自分も」と疑った。

すると『それ』が、

「違う、心配するな、俺は毬子の脳内に居候しているだけだ」と。

「どうしてなの」

「いつか時期が来れば話す」

「ふーん、分かった。約束よ」

「約束だ」

「ところで今、俺って言ったわね。

前にも聞いた気がする。ねえ、男なの」

「男だよ、いけないか」

「意外、今まで言葉使いが荒っぽいとは思っていたけど、

まさか男の子だったとはね」


 驚きはしたが、長い付き合いなので安心感は揺るがなかった。

安心感の最も良い例は中学一年になった頃だ。

学校から帰りが遅くなった時、暗がりから不審な男が現れた。

下半身を晒し、「えっへっへー」と近付いて来た。

毬子は初めての体験。

頭の中が真っ白になって足が竦んでしまった。

その時『それ』が、「一人じゃない。俺がついてる」と力付けてくれた。

声が聞えただけで安心した。

暖かくなるのが分かった。

足も動く、逃げよう。

逃げようとする毬子を『それ』が止めた。

「逃げるな。敵に背中を見せるんじゃない」

「敵って・・・、相手は変態よ」

「逃げるだけじゃ爺さんが悲しむぞ」

 毬子が何もせずに逃げたと聞けば、祖父なら悲しむだろう。

人を打ち倒す為に剣道を教えている訳ではないだろうが、

祖父の教えに従えうとすれば成すべき事は一つ。

「そんな・・・、木刀はないのよ」

「俺の言うとおりに動けばいい、任せるか」

「・・・」

「悩む暇はない、決断しろ、俺がいる」

 逃げようとするところは誰にも見られてはいない。

しかし、ただ一人、『それ』がいた。

毬子は腹を決めた。

「分かった」


 足を止めた毬子を見て変態が勘違いした。

「足が竦んでるようだね、えっへへー」

 顔を歪めて接近して来た。

 『それ』が冷静に言う。

「股間を蹴り上げる。

間合いに入るまで待て」

 後は簡単だった。

相手を睨み付けながら半身になって待ち受けた。

変態は警戒はしていない。

血走った目で寄って来る。

『それ』の合図。

変態の股間を蹴り上げた。

スカートだからか、思うよりも軽快に足が動いた。

足の甲が綺麗に極まった、嫌な感触。

グチャッ。

「げふっ」と変態。

あまりの苦痛に身体をくの字に折り曲げた。


 『それ』は容赦がない。

「鞄を振り回して、相手の顔を打て」

 教科書とノートが入っているだけだが、それでも重量は充分だった。

鞄を思い切り振り回して、角を相手の頬にぶちあてた。

「うっ」と変態。

体勢を崩して横に倒れた。

 『それ』が満足そうに言う。

「逃げるぞ」

「えっ、どうして、警察には知らせないの」

「面倒だ、走って帰る」

 言われるままに逃げた。

足の動きに合せるかのように、体中を熱い血潮が駆け巡る。

「はっはっはっ・・・」

 『それ』が満足そうに笑っていた。


 月を見上げながら毬子は『それ』に尋ねた。

「今日の月は色がやけに鮮やかに見えるの、気のせいかしら」

「たぶん、月で宴会しているんだろう」

「はぁ、誰が」

「かぐや姫達」

「かぐや姫ねえ、・・・何を食べてるのかしら」

 時として『それ』は詰まらない冗談を言う。

「兎の丸焼きだろう」

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