辻斬り その11
池辺も何かを感じ取ったらしい。
「行方不明になった事情は分かっていますか」
「んー、そうだな、気になる話しが一つ。
行方不明になる少し前に住職が誰かに電話していたのを、
寺に出入りしていた者が聞いていました。
先方に、
『申し訳ありません。盗まれてしまいました』と釈明していたそうです」
「盗まれた。何がですか」
「聞かれたのに気付いて住職は電話を切ったそうです。
それでその者が、警察に届ける事を勧めたそうなのですが、
自分で取り戻す、と言って聞く耳を持たなかったそうです」
「電話の相手に心当たりは」
巡査は首を捻りながら答えた。
「おそらく、この土地の所有者じゃないでしょうか。
住職は管理を任されていると言っていましたから」
「ほう、所有者は別にいたのですか」
「はい。詳しい事情は知りませんが、工業団地を閉鎖する時に、
この土地の人間ではなく、よその民間人に払い下げられたそうです。
それも、ただ同然だったとか」
加藤が口を出す。
「すると占領軍と特殊な関係にあった民間人ですね。
相手は分かっていますか」
「はい、名前だけは。住所とかの詳しいことは知りません。
相手は北海道の毬谷さんです」
「マリア・・・」
「いいえ、マリヤ。
毬の谷で、毬谷と書きます」
「ほう、珍しいお名前ですね、毬谷ですか」
「昔は京都のお公家さんで、明治になると伯爵さま。
今は酪農家だそうです。
住職が独り者で、捜索願を出す者がいないので、そこに電話しました。
すると事情を聞いて毬谷家の方が飛んで来られまして、
それで捜索願いを出していただきました」
「ほう、・・・盗まれた物の事は」
「その事に関しては知らないの一点張りでした」
住職や毬谷家の態度は、公にしたくない物の存在を知らしめていた。
さらに興味が湧く。
「そうですか。・・・捜索は」
「普通は一般人の家出人扱いで、
コンピューターに登録するだけで終わるのですが、どういうわけか、
たぶん毬谷家が働きかけたのでしょうが、
内密で小さな捜索チームが組まれました」
突然、県警の刑事が声を出した。
「思い出しました。
県警本部で奇妙な噂が立った頃ですね。
年嵩の者達が、『昔の亡霊が現れた』と言っていました。
もっとも箝口令が敷かれたのか、直ぐに立ち消えになりましたがね」
「その昔の亡霊とは」
「口にチャックするだけで誰も話してくれないのですよ」
ただの酪農家が県警を動かせるわけがない。
敗戦で華族制度は廃止されたが、今もって影響力を有しているのだろう。
その根源は・・・。
加藤は巡査に問う。
「捜索に進展があったのですか」
「まったく」
「住職が最後に見られたのは」
「四月でしたかね。
ここの草刈り作業中のところを大勢がみています。
それが最後です。
二ヶ月ほどで捜索チームは解散、毬谷家の方も北海道に戻りました」
県警も毬谷家も最善を尽くしたのであろう。
「寺は今はどうなってます」
「閉鎖です」
「本山から代理の住職は来ないのですか」
「どこにも属さぬ寺で檀家もありません」
「檀家がないとは珍しいというより、奇妙ですね」
「何でもありの時代だったようで、戦後のドサクサに建立されたそうです。
あの住職が三人目だったとか」
「へえ、三人目。どういうルートで来るのですか」
「どうも毬谷家の絡みらしいですね」
「ほー、・・・。
寺を覗いてみたいですね。
礼状はないですが、入れますかね」
巡査はちょっと考える仕草。
「寺の留守を任されている者の許可さえあれば。
鍵が掛かっていますからね」
「それでは許可を得てもらえますか」
巡査はニコリと笑って自転車に跨った。
「いいですよ。
さあ、行きますか、寺へ」
「鍵は」
「駐在が預かっているんですよ。
つまり、本官ですがね。
県警本部から、
『留守中に何かあってはいけないので、重点的に巡回するように』
との指示を貰っています」
第一印象は人の良さそうな巡査であったが、
どうやら茶目っ気もあるらしい。
自転車で嬉しそうに覆面パトカーを先導した。