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彼方に飛ばされて  作者: 渡良瀬ワタル
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辻斬り その10

 捜査本部は全ての道府県警察にも手配した。

「ここ一年の間に刀による試し斬りと思わしき犬猫等の遺骸が、

どこかで発見されてはいないか」と。

すぐに返事が来るとは期待していなかった。

道府県警察にとって警視庁の捜査は、所詮は他人事。

自分達の本来の仕事ではない。

 ところが三日目にして返事がきた。

九州大分県警からであった。

「五ヶ月前に犬が二匹、一刀両断されていた」と言うではないか。

マスコミが、「辻斬り」と大騒ぎした効果であろう。

田舎の駐在所の巡査がそれで思い出したとか。

巡回コースで見つけたらしい。


 さっそく二人の刑事が派遣された。

剣道界を調べていたコンビだ。

機内で年長の加藤善文が隣の相棒に話し掛けた。

「公用での飛行機利用は久し振りだよ、お前は」

 長身の池辺康平は座席で窮屈そうに頷いた。

「俺もですよ、公用で関東から出るのも初めてです」

 三十代後半ながら童顔なので二十代にしか見えない。

老練な加藤と、学生剣道界で活躍した経歴の池辺とのコンビは、

今回の捜査の為に篠沢警部が新たに組ませたもの。


 池辺が疑問を口にした。

「五ヶ月前の事なら、

わざわざ現地に飛ばなくても電話で確かめればいいでしょう。

そう思いません」

「遺骸がない上に、電話だけでは確証に欠ける。

それに頼りは発見者の信頼性だ。

だから二人で、発見した人間の目が信用できるかどうかを確かめるんだ」

 羽田から大分空港へ飛ぶと、

現地では県警の覆面パトカーが待っていた。

迎えの刑事は、「ではさっそく現場へ」と勢い込んでいた。

話題の事件だけに興味津々のようだ。

それに、もし犬の斬殺と辻斬りの関連性があれば、

大分県警も事件に関与できる。


 空港から西へ、山道を越えた先の宇佐市に現場があった。

桂川沿いの原野に、駐在らしき巡査が自転車で待機していた。

白髪混じりの巡査が嬉しそうに口を開いた。

「この中に倒れていた二匹の犬を私が発見しました」

 加藤が周囲を見渡した。

「辺りに人家はありませんね」

「はい。ですから試し斬りをするには最適です」

「それらしい事をする人物に心当たりは」

「その手の異常者はおりません」


 池辺が問う。

「剣道方面は」

 県警の刑事が答えた。

「辻斬りに似た背格好の人物という事で探したのですが、

それらしき人物は我が県にはおりません」

「そうですか。・・・斬り口はどうでした」

 それには巡査が答えた。

「二匹ともに、見事に胴が真っ二つでした」

「つまり何度も斬ったのではないのですね」

「はい、一刀両断です。間違いありません」


 加藤が辺りを見回して漏らした。

「奇妙な空き地ですね」

 当初は原野と思ったが、よく観察すると、

元は何かが在った事を匂わせる広々とした空き地であった。

奥の方は手入れされていないのか、雑草が人の背丈ほどあり、

その緑の海原の所々からコンクリートの塊が顔を覗かせていた。

巡査がコンクリートの塊を指差した。

「ここは元は工業団地跡です。

昔の『メイド・イン・ウサ』をご存じですか」

「昔とは」

「戦後直ぐの時代です、まだ生まれてませんでしたかね」

 加藤は苦笑い。

「ええ、あいにくと。

そういう貴男も戦後直ぐの生まれではないのでしょう」

「はい、ですが地元なので『メイド・イン・ウサ』の話しは聞いています」


 事件とは無関係そうなのだが、池辺と地元県警の刑事が興味を示した。

みんなの注目を浴びて巡査の顔が綻ぶ。

「当時の世界情勢はアメリカと共産圏の睨み合い。

アメリカはただ一国でソ連と中国を相手にしていました。

なにしろ味方である英仏は第二次大戦の後遺症で、多くの植民地を失い、

自国の復興で大忙し。

とても極東にまで手を広げる余裕がなかったのです。

そこでアメリカは占領下の日本を、

共産圏への強力な防波堤にしようと図りました。

なにしろ日本は敗れたとはいえ、大勢の従軍経験者がいました。

旧軍の指揮系統を復活させ、

武器供与をすれば強固な軍が再編成できます。

足りないのは軍を発足させ、維持する為の資金です。

その資金を稼ぐ為に占領軍は驚くべきプランを練り上げました。

それが『メイド・イン・ウサ』でした」


 巡査が加藤に問う。

「ウサをローマ字にすると」

「ウサ・・・もしかして『メイド・イン・USA』か」

「そうです。

表向き占領軍は関わっていない事になっていますが、その指示で、

ここに『メイド・イン・USA』の一大工業団地が造られました。

出来た製品は全て輸出品で、当然の事ながら、

その全てに『メイド・イン・USA』の刻印が打たれました」

県警の刑事が驚きの声。

「偽造か」

「占領下だったので『メイド・イン・USA』でも間違いないでしょう。

それにウサはローマ字でUSA、嘘もついてません。

ここはその跡地です」

「私は大分の生まれですが、一度も聞いた事がありません」

「自慢する話でもなかったからでしょう」


 加藤が尋ねた。

「儲かったのですか」

「そのようですよ。

アメリカ本国の商務省からクレームが嵐のように来ていたそうですからね」

「クレームが原因で閉鎖したのですか」

「はい。

何とか十一、二年は誤魔化したそうですが、ついには大統領の閉鎖命令。

これには逆らえませんからね」

「当初の目論見通り、軍を発足させるほどには儲かったのですか」

「はい、かなり儲けたという話しでした」

「しかし日本は再武装しませんでしたね」

「ええ。日本の民主化勢力と占領軍の穏健派が手を結んで、

何かと横槍を入れたそうです」


 池辺が問う。

「すると、その儲けは」

「一部が占領軍の裏資金に組み込まれたという噂が残っています」

 加藤だけが頷いた。

「M資金」

 巡査がニコリと笑う。

加藤は満点を貰ったような気がしたが、それでも何かが気懸かりだった。

さらに空き地を観察すると伸びた雑草の丈が各所で疎らなのだ。

「ここを誰かが手入れしているのですか」

「ええ、コンクリートの周辺は残して、大雑把に草刈りしています。

いや、していたですね」

「過去形ですか」

 巡査は少し遠い目をした。

「ここは近くの寺の住職さんが管理していたのですが、

ちょうど一年になりますかね、行方不明になりました」

 話しが思わぬ方向に転がった。

加藤は思わず、「これが辻斬り事件にまで繫がれば」と甘い期待を抱いた。

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