辻斬り その8
吉田が先頭に立って案内した。
拝殿と社務所の間を抜けた先に生垣があり、木戸が設けられていた。
そこが神社と吉田家の境。
古いが手入れの行き届いた平屋建てで、
木戸を開けると左に吉田家の玄関、右には正門があった。
みんなが通されたのは一郎の部屋。
フローリングで広さは六畳。
カーペットが敷いてあり、中央に炬燵が置かれていた。
炬燵の上にはPC。
窓際の本棚に教科書と書籍、そして小さな液晶テレビ。
高校生男子にしては物が少ない部屋だ。
百合子が笑い声で言った。
「小等部の頃と変わらないわね。炬燵と本棚だけの部屋。
どうして物が増えないの」
「物に執着しない、それが大事」と吉田は苦笑い。
田村と川口がそそくさと炬燵に入った。
毬子も入った。
伸ばした足が誰かの足に触れた。
右の川口に変化はないが正面の田村の顔が赤らむ。
毬子は慌てて足を引いた。
季節は五月も半ばなので炬燵の電気は切ってある。
もしかすると炬燵布団が残っているのは、
吉田が炬燵で寝る為かも知れない。
百合子が毬子の隣に入って来た。
「こういう事になるとはね」
田村と川口の存在が気になるのだろう。
いったん部屋を出て行った吉田がトレイ片手に持って戻って来た。
お茶とお茶菓子を載せていた。
「これで一息入れよう」
毬子は問う。
「気晴らしというのはコレなの」
「もう少し待って、時間になれば呼びに来てくれるから」
「何なの」
「その時までのお楽しみ」
それほど待つこともなく、吉田の弟が呼びに来た。
「いいそうだよ」
同じ美波高校の一年。
毬子と百合子に気付くと調子の良い頼み事をした。
「写真、いいですか」
返事も待たずにスマホを兄に手渡すと、毬子と百合子の後ろに回った。
仕方がなさそうに吉田はスマホを三人に向けた。
「二人と一緒の写真をスマホの待ち受けにする」と吉田弟。
彼の話では、毬子と百合子は美波高校のツゥートップ。
男子生徒、女子生徒を問わずに人気があり、
秘かに撮られた生写真が売られているのだそうだ。
写真を撮り終えると、吉田一郎はみんなを家の奥に案内した。
廊下を曲がると渡り廊下に繋がり、その先が小さな蔵に続いていた。
蔵の入り口は開かれ、中には電気が点いていた。
「あれは」と毬子。
「中の収蔵品の虫干しをしてるんだ。好きだったよね、古美術」
虫干しだが直射日光には当てない。
日光を避けるように渡り廊下の陰に古文書の類が並べてあった。
「中に入っていいの」
「一段落したところだから入ってもいいよ」
作業していた両親達は休憩中とか。
毬子は喜んで蔵に入った。
一方の壁に書画が掛けられていた。
目を惹いたのは、竹林に囲まれた屋敷に降り積もる雪を描いた水墨画。
竹林に風情を感じた。
この時とばかりにサクラが脳内に語り掛けてきた。
「若い娘にしては好みが渋いね」
毬子は念話で応じた。
「墨一色だけど、色が感じられるのよ。
見てるとホンワカするわ」
「本当に毬子は妙な娘だね」
「ねえサクラ、ここの家の人達とも会話してるの」
「んー、彼等は人は良いけど素養がないのよ」
「素養って、精霊と会話出来る能力ということ」
「そうよ、でもね、けっして彼等が能力が低いというわけではないの。
精霊や地霊、守護霊の類と会話できるのは特別な一握りの人間だけ」
「特別と言われても・・・、これまでサクラ以外とは会話した事がないわよ。
学校の傍に美波神社があるけど、そこの精霊とは一度もよ」
「全ての神社に精霊がいるわけじゃないわ」
「そうなの」
「そうよ、色々よ。
精霊にも神様にも都合というものがあるの。
ところでさっきも尋ねたけど、お前に棲みついているのは何だい。
地縛霊、背後霊、それとも守護霊」
『それ』のことを聞いてきた。
一時期、自分は多重人格ではないか、
あるいは、悪霊とかの類に取り憑かれたのではないか、
と疑ったことはあった。
しかし、『それ』に否定され、
俺がお前に害をなした事が一度でもあるか、と逆に問われた。
確かに『それ』の為に不利益を被った事はない。
となれば守護霊なのか。
『それ』が口を開いた。
「サクラ、お前は俺をどう観る」
「そうよね、・・・不思議なことに・・・武神の匂いがするわ。
気のせいかしら、教えて」
思わぬ答えだったのだろう。
『それ』が固まるのを感じた。
サクラが続けて、「名前は」と問う。
「無い、毬子の一部になっているから名は不要」
サクラが微かに嘲る。
「それじゃ私が話し掛けるときに困るでしょう。
いいわ、私が名付け親になってあげる。
そうね、私がサクラだから、・・・柊にしようか、そうしよう。
アンタはヒイラギ、それでいいわね」
呆れたような『それ』の声。
「勝手なことを」
「それじゃヒイラギ、アンタの本当の名を教えてくれるの」
再び『それ』が固まるのが感じ取れた。
明らかにサクラを警戒していた。
『それ』が何やら隠している、とは思っていたが、
これまで敢えて深く尋ねなかった。
何時かきっと打ち明けてくれる、と信じていたからだ。
それを見抜くとは、サクラの洞察力恐るべし。
毬子が間に割って入った。
「ヒイラギか、良い名だね」