表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼方に飛ばされて  作者: 渡良瀬ワタル
15/481

辻斬り その7

 毬子は百合子と並んで鳥居を潜った。

「一郎は神社を継ぐのかしら」

 吉田一郎には弟が一人いる、と聞いた。

「長男だからね」

「すると大学は外の大学か」

「本人も外進と言ってるわね」

「来年は寂しくなるね」

 普通、成績次第だが大半の者は系列の大学に内進する。

だがうちの系列に神職養成の学部はない。

となれば一郎は神道系大学へ外進するしかない。


 手水舎に寄って手と口を清めた。

その時、声が聞えた。

「そこのオナゴ」

 聞き覚えのない声。

周囲を見回すが他に人影はない。

ユリの様子を見ると、彼女はのんびり手を清めていた。

声が聞えていないらしい。

訝しんでいると再び声。

「そこのオナゴ、やはり私の声が聞えるのね。

漂わせている奇妙な気配、ソナタは一体何者なの」

 毬子の中の『それ』が教えた。

「どうやらこの声、物の怪の類らしい」

「物の怪・・・、化物なの、神社にどうして」


 すると、「物の怪、化物、馬鹿言うんじゃないわよ」と抗議された。

何やら女の声。

その声は耳ではなく、頭の中に届いた。

『それ』が最初から頭の中に居るのに対し、

女の声は外から頭の中に直接話し掛けてくる。

毬子は『それ』に対するように、自分の頭の中に言葉を置いた。

所謂、念話。

「貴女は誰なの」

「この社に棲まうものよ」

「まさか地霊、それとも地縛霊」

「失礼なオナゴだね。社に棲まうと言えば普通は神様でしょうに」

 予想もつかぬ答えに毬子は絶句した。

都会のど真ん中で神様に遭遇するとは。

沈黙を神様が破った。

「神様と聞いて信じるとは、なんて素直なオナゴなの」


 『それ』が呆れたような言葉を吐いた。

「毬子、神様は宇宙の創造で手一杯だ。

こんな辺鄙な星の、辺鄙な国の、辺鄙な町に居るわけがない。

もし万が一、居るとすれば低級の、さらに低級の低級なシロモノだ」

「ほう、オナゴには変なモノが棲み着いているのか」と笑い返された。

若い女の声。明るく高らかに笑う。

毬子は憤慨した。

「一体、貴女は誰なの、何者なの」

「ふふん、それが私にもよく分からないのよ。

たぶん、みんなの願いが積もり積もって、

このような私を生んだのじゃないかしら。

つまり、願いの言霊が集まって出来た精霊・・・かもね。

分かっているのは只一つ、私は誰の願いも叶えない」

「なに、それ」と毬子。


 『それ』が心地良さそうに笑う。

「何やら馬鹿正直な奴だな」

 精霊とか称する若い女の声が尖る。

「オナゴ、お前に付いてる変なモノは何なの」

「オナゴは止めて、私の名前は毬子、それで貴女は」

「名前なんて元から持ってないわ。

そうね毬子、私に名前をつけてくれないかい」

 妙な精霊と知り合ったものだ。

毬子は精霊の名を考えた。

困っていると目に付いたのは参道奥の桜。

「安直だけどサクラでどうかしら」

「サクラか、いいわね、私にお似合いね」

「それでサクラ、私に何か用があるの」

「別に、とりたてて・・・。喋る相手が欲しかったのよ」


 あまりの答えに毬子は呆れてしまった。

吹き出したい。

それを必死で堪えた。

ここで笑えば傍の百合子に変に思われる。

「ゴメンね、今は連れがいるから話しは後にしてくれない」

「久し振りに話せる人間に会えて嬉しいわ、それじゃ後でね」

 唐突に現れて、好き勝手して、サッと存在を消した。

「変な奴だな」と『それ』が含み笑いをする。


 気付くと百合子が毬子を見ていた。

「どうしたの」

 毬子は丁度、桜を見ていたところだった。

そこで桜を指差す。

「太い桜ね」

 五本ある桜のうち、一本だけが他に比べて三回りほど太い。

「ああ、あれね。昔はあの一本だけだったみたい。

江戸時代に植えられた桜だそうよ」

 短い参道を行くと狛犬が置かれていた。

普通は左に獅子、右に狛犬をワンセットで配置するが、

この神社は二匹とも角を持つ狛犬。


 拝殿前に吉田一郎が待っていた。

彼には連れがいた。

どういうわけか田村美津夫と川口義男。

二人は授業中の諍いはあったが、今は前のような関係に戻っていた。

強者と弱者。

川口は出過ぎぬように田村の陰にいた。

二人とも小等部からの内進組なのだが、

吉田とはこれまで親しくしているところを見たことがない。

まさか家に遊びに来るほど仲が良いとは知らなかった。

毬子は田村に尋ねた。

「美津夫、二人でどうしたの」

 毬子は同級生を男女の分け隔て無く下の名で呼び捨てにする。

親しい、親しくないに関わらずだ。

美津夫は眩しげな目付きをした。

「義男の奴に付き合ってるだけだよ」


 当の川口は田村の陰で大きな身体を小さくし、

毬子とは視線を合わせようとしない。

吉田が百合子を見た。

「遅刻したのはお前のせいだろう」

「もしかして駅で待ってたの」嬉しそうな百合子。

「少しね」

「怒ってるの」

「いつものことだから呆れてるだけだ」

「待たせるのは女の仕事、待つのは男の仕事」

 百合子の言葉に吉田は深い溜息。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ