辻斬り その6
榊毬子の身辺は煩いものになった。
田村と川口の諍いを仲裁した事が原因だ。
男子生徒達は畏敬の目。
女子生徒達は熱い眼差し。
どこに行くにも視線が追い駆けて来た。
原因となった二人の態度も、あの日を境に変わった。
川口は毬子に、「おはよう」と恥ずかしそうに挨拶するようになった。
田村も無愛想な顔で、「おう」と毬子に声をかける。
彼なりの挨拶なんだろう。
とにかく毬子としては戸惑うばかり。
野上百合子が、「そのうちに飽きるわよ」と慰めれば、
右隣の吉田一郎も、「人の噂も七十五日」と。
その吉田が提案した。
「気晴らしに明日の日曜、家に来ないか」
吉田とは一年の時から同じクラスで、気心は知れていた。
とにかく温厚なのだ。怒ったところを見たことがない。
百合子が警戒した。
「マリだけ」
「んっ、ユリも一緒で構わないよ。
来たけれ勝手に来ればー」
この二人は美波高校を経営する美波学園付属の小等部からなので、
付き合いは長い。
会話にも遠慮がない。
「あんなボロ神社、行きたくないけど、マリが行くのなら付き合うわ」
「新宿渋谷連続斬殺事件」の合同捜査は順調に進んでいた。
捜査会議の司会役は古手の警部、篠沢真一。
本庁側の人間だが、年の功か、全く偉ぶらない。
「用心棒二人の身元が分かった。
塚越章、三十五才。
加藤武徳、三十一才。
共に鶴見海原会の者で前科がある」
鶴見海原会は横浜鶴見区を根城とする暴力団。
渋谷署の若手が立ち上がった。
「それがどうして古物商と」
「殺害された北尾と鶴見海原会の会長が幼馴染みなんだそうだ。
問題は用心棒を雇った時期だ。花園の翌日に雇ったそうだ」
花園で西木正夫が斬殺された翌日、
北尾茂は鶴見海原会の会長に電話した。
それで二人が派遣された。
「会長は何か聞いてないんですか」
「聞いたのだが、北尾が言葉を濁して詳しい事は喋らなかったそうだ」
捜査員達がざわめいた。
新宿署の一人が立ち上がった。
「暴力団の会長にも聞かせられないような事があったのですかね」
「そうらしい。
警察にも幼馴染みの暴力団会長にも話せない疚しい事があるのだろう」
「北尾と西木で疚しい山を踏んだという事ですか」
「二人だけで組んだのか、他にもいるのか。
まあとにかく、無差別でない事だけはハッキリした。
西木を洗っている班も、北尾を洗っている班も、
その事を念頭に動いてくれ」
西木を調べているのは新宿署。
その班長が立ち上がった。
「マンションは寝に戻るだけだったようです。
ですから、他に仕事用の部屋を構えているのではないか、
今、それを全力で探しています」
「東京は広い。何か目星でも」
「銀行口座を調べたところ、
新橋のコンビニのATMからの引き出しが多いので、
その周辺を重点的に調べさせています」
北尾は渋谷署の担当。
こちらは若い班長だ。
「北尾の自宅や店、周辺を調べましたが、
真っ当な隣人であり、商売人であるようで、不審な点が見当たりません」
「店や私物のパソコンは」
「洗い出しの最中です。
今のところ不審なデーターはありません」
「何かある筈なんだ。
もしかすると、北尾も別に仕事部屋を用意している。
あるいは西木と同じ仕事部屋という事も」
「新橋なら北尾の銀座の店からも近いですね」
犯人の足取りを追っていたのは本庁。
老練の警部が立ち上がった。
「店頭の防犯カメラや街頭の防犯カメラに何も映ってないのは、
皆さんご存じでしょう。
カメラ位置を調べたところ、両現場共に幾つかの穴がありました。
どうやら犯人は周到に下調べをして襲撃し、逃走したようです」
一息おき、みんなを見回して続けた。
「目撃者もおりました。
しかし、新宿の現場は酔っぱらいの証言のみ。
渋谷の現場のドライバーは今もって正気に戻っておりません。
負傷した二人は面会謝絶の状態。
ただ、犯人が目立つ刀を持ったまま逃走したとは考えられず、
近くに車を用意していたのではないかと思い、調べています」
日曜日、毬子は百合子と都電の鬼子母神前で待ち合わせをした。
時間にだけはルーズな百合子に三十分は待たされた。
「こめんねー」と百合子が悪びれぬ顔で電車から降りて来た。
派手な赤いスカートが似合うのは彼女をおいて他に知らない。
毬子は読みかけの本を閉じてベンチから腰を上げた。
ジーンズに一枚の布を巻き付けただけの短いスカートが、
ヒラヒラと風に煽られた。
「いいわよ、本が読めたし」
百合子は嬉しそうに毬子に腕を絡めてきた。
「何を読んでたの」
「三国志」
「マリはロマンスとか読まないよね」
「あまり興味ないの。今は歴史物が面白いのよ」
百合子が吉田の実家、神社に案内する。
小等部の頃、何度か遊びに行った事があるのだそうだ。
「表の神社は古びているけど、裏の住居は小綺麗なのよ」
鬼子母神とは反対側の目白通り側にあった。
『烏鷺神社』。
確かに古びている。
そして規模が小さい。
だけど小さいながら鎮守の森もあり、清浄な趣がした。