辻斬り その5
ただいま手直し工事中です。
主眼は一つ。
読み易さ、です。
2024/09/03
渋谷駅に近い南平台町。
深夜、山手通りより黒塗りの外車が入って来た。
眩しすぎるヘッドライト。
巧みなハンドル捌きで細い道を抜け、古びた洋館の前に止まった。
車右側の前後のドアが開いて、
二人の男が飛び出すように勢い込んで出て来た。
身ごなしから二人が鍛え抜かれているのが分かった。
前のドアから出て来た男は前方を、
後ろのドアから出て来た男は後方を警戒した。
幸い街灯の明かりで周辺が見通せた。
彼等の他には人影一つ見当たらない。
前の男が車内に、「安全」の合図を送った。
中肉中背のドライバーが降りて、左後部座席のドアを開けた。
車内から姿を現わしたのは禿頭の中年男。
鋭い目付きで左右を見回しながら洋館の門扉に向かう。
二軒先の玄関前の街灯の陰で何かが動いた。
一条の光とともに何者かが飛び出して来た。
街灯の明かりに曝されたのは覆面をした長身の男。
手にしている刀が街灯の灯りを浴びて反射した。
新宿花園神社裏通りに現れた辻斬りと寸分違わぬ背格好。
ただ一つ違うのはスーツの色だけ。
今夜は濃紺のスーツであった。
最初に気付いたのは前方を警戒していた男。
正対しながら上着のボタンを手早く外した。
脇の下のショルダーホルスターに拳銃を収めていた。
その拳銃に手を伸ばした。
辻斬りは拳銃が抜かれると気付いても足は止めない。
勢いのまま相手に身体を寄せた。
燦めく白刃。
いとも簡単に相手の利き手を斬り離した。
男は鮮血迸る手首を見て呆然自失。
事実が受け入れられないらしい。
震えながら両膝をつき、ようやく夜空に響き渡る悲鳴を上げた。
後方を警戒していた仲間も気付いた。
振り返って拳銃を抜いた。
慌てているせいで狙いが定まらない。
それより早く辻斬りは車のボンネットを踏み台に、車の屋根に跳び、
さらに大きく跳躍。
己の命を捨てているとしか思えない。
平然と射線の前に身を晒した。
引き金より先に、再び白刃が燦めいた。
拳銃を構えた手首をスパッと斬り落とした。
街灯の明かりに鮮血が映えた。
二人目が悲鳴を上げながら地面を転がった。
近隣に聞えている筈なのに、どの玄関も、窓も開かれない。
遠くに見えた人影も逃げるように去って行く。
辻斬りは無駄な動きはしない。
身を翻すと、洋館の門扉の前で立ち竦んでいる禿頭に駆け寄った。
品定めでもするかのようにグッと睨み付けた。
小刻みに身体を震わせる禿頭。
命乞いでもしようというのか、口を開こうとした。
辻斬りは抗弁を許さない。
白刃の燦めき。
生首が宙を舞い、血飛沫が飛び散った。
一人無傷で残っていたドライバーは車の傍にしゃがみ込み、
両手で顔を覆って隠れていた。
辻斬りは去るのも早い。
目的を達するや奥の路地に姿を消した。
巷で、「花園神社裏通りの辻斬り」と呼ばれた斬殺事件は、
新宿署に捜査本部が置かれていた。
「花園神社裏通り斬殺事件」として。
本庁からも捜査員が動員され、大々的に捜査されたが、
たいして有益な情報は取れなかった。
分かっているのは被害者の身元だけ。
西木正夫、三十九才、独身、職業不詳。
方向から、歌舞伎町のマンションに帰るところを狙われたらしい。
彼には前科があった。
傷害事件で三年服役していた。
それ以外は身辺からも、
マンションからも事件に繫がりそうな物は何も見つからなかった。
付近の店の防犯カメラ、街頭の防犯カメラ、
それらからも何も見つからなかった。
そこに降って湧いたような渋谷の斬殺事件。
似た手口に捜査本部は確信した。
うちのものだ、と。
新たな被害者は北尾茂、五十二才、妻子四人、職業は古物商。
銀座に店を構える業界の大物。
一緒にいた三人のうち二人が病院に運ばれたが、
幸いドライバーが五体無事で保護された、と聞いて捜査員が飛び出した。
ただちに新宿署の捜査本部が合同捜査本部に衣替えした。
「新宿渋谷連続斬殺事件」と看板が書き換えられた。