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彼方に飛ばされて  作者: 渡良瀬ワタル
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辻斬り その4

 反項羽連合軍は項羽軍を再包囲するのに五日も要した。

軍勢が増え、百万近い大軍となったので移動にもたついた。

基本は前回と同じだが、細部の骨格を変えた。

前回は項羽軍の死兵化を恐れ、退路を一箇所あけておいた。

しかし今回は蟻の這い出る隙間もないくらい何重にも包囲した。

項羽軍を追い詰める為というより、味方が大軍に油断する事を警戒した。

 退路が無い項羽軍は死兵化し、どこか一点を突いて脱出しようと図る。

狙われるとすれば最も付け入る隙のある軍勢となるは必定。

そういう話しを味方陣内に流布させた。

お蔭で各陣営は包囲軍ながら、防備に人手を割かざるを得なくなった。

昼夜問わず警戒に力が注がれた。

さながら項羽軍が攻撃軍で、連合軍が守備軍。攻守所を変えた。


 劉邦は本陣奥深くにいた。

側には最も信頼の置ける軍師・張良ただ一人。

その張良が心配げに劉邦の顔を見た。

「傷の具合はどうですか」

 劉邦は項羽軍の夜討ちから命からがら逃げたものの、

途中で伏兵に遭い太腿を斬られた。

幸い医術の心得のある張良がいたので事なきを得たが、

出血による疲労だけは隠しようがなかった。

それでも劉邦は泣き言は言わず我慢強く采配を揮っていた。

「馬に乗らなければ大丈夫だろう。それより味方の様子はどうなってる」

「どこの部隊も自分達の所に項羽軍が攻めて来ない事を祈ってます」

「大軍の弊害だな。誰も項羽軍の正面に立とうとしない。

まあ、儂も同じだがな。

ところで糧食陣地を夜討ちする際に内応した連中は見つかったのか」

「はい。連中に会ってきました。

連中によると、項羽が夜討ち部隊を率いて出撃する事は、

内応した際に話したそうです」

「それは誰に、誰が話しを聞いた。

・・・。

そうか、あの夜討ちは韓信の部隊だったな」


 韓信は劉邦の軍師の一人であるが、用兵にも優れており、

戦には常に将軍として十万、二十万の兵を率いて参戦していた。

「はい、それで韓信殿にも話しを聞いて参りました。

それによると、確かに項羽軍夜討ちの話しを聞いたので、

報告に本陣に一部隊、十人ほどを走らせたそうです」

「儂は報告は受けていない、お前は」

「私もです。

どうやら途中で項羽軍に遭遇し、全滅したのかもしれません。

実際、一人として戻っていないそうです」


 片眉を吊り上げた劉邦。

「本当にそう思うのか」

 最初、疑問を抱いたのは張良であった。

項羽軍の糧食陣地を夜討ちする際、内応した者達が手土産に、

項羽軍の夜討ちを打ち明けた。

それがどうして本陣に伝わらなかったのか。

他聞を憚る話しなので劉邦一人にだけ伝えた。

 劉邦も疑問が募ってきたらしい。

最前より不安と不満の入り混じった顔色をしていた。

張良は冷静な声を心掛けた。

「王に手傷を負わせた伏兵と戦った場所も見てまいりました。

不思議な事に敵の死体が一つとして残っておりません。

私の知る限りでは、項羽軍は負傷した味方は見捨てませんが、

死体まではその限りではありません。

この本陣にも項羽軍の死体が残されておりました」


 劉邦の両目が吊り上がった。

「残しては拙い死体ということか」

「たぶん。

見る者が見れば分かる死体だったのでしょう。

しかし、韓信に疑いの目を向けるのは早計です。

韓信の軍は無論、我が軍は寄せ集めで膨れ上がっております。

どこに裏切り者がいても不思議ではありません」

 劉邦は腕を組んだ。

「楚王を暗殺した者達も正体不明であったな」

「はい。これで楚王を警護していた英布の言葉が証明できたも同然です」

 楚王が暗殺された際、劉邦は、

「手を下したのは英布、黒幕は項羽」として中華全土に檄を飛ばした。

その時はそう信じた。

張良も含め、みんながみんな、英布と項羽の仕業と断定した。

今さらだが、誰も他の存在を考えなかった。


 後に、項羽を離れて劉邦に与した英布が軍議の席で、

「楚王を殺したのは儂でも覇王でもない」と言い切ったが、

その場にいた者達には、どうでもよい過去の話しになっていた。

何しろあの時は挙兵する大義名分が欲しかっただけ。

「楚王暗殺は項羽の仕業」で決着していて、

敢えて蒸し返す者は一人もいなかった。

 楚王を暗殺した疑いのある英布を味方に加えたのは、

「項羽軍の主力の一人である英布が連合軍に名を連ねれば、

日和見している連中が項羽を裏切りやすくなる」と計算したからだ。

劉邦側の本音は、楚王などどうでもよかった。

自分達とは縁のない旧楚の国の王でしかなかった。

そう言うわけで、項羽軍が弱体化するのであればと、

劉邦側はどこにでも見境無く手を突っ込んだ。


 劉邦が溜息ともつかんばかりの声を出した。

「儂と項羽の戦いに付け込もうとする者がいるという事か」

 劉邦は繁々と軍師の顔を見た。

頼り無げな面長な顔をしているが、

三人いる軍師の中では最も聡明である。

そして手柄を誇る事も、偉ぶるる事もない。

欠点は己の欲が無い事だ。

自分を犠牲にしてでも劉邦を中華の王に押し上げようとしていた。

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