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彼方に飛ばされて  作者: 渡良瀬ワタル
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四面楚歌 その37

 篠沢警部が少数の捜査員のみを密かに集めた。

経験豊富であること。

肝が据わっていること。

最後に腕が立つこと。

他聞を憚ることから場所は渋谷にある民間の貸し会議室とした。

そこに集まったのは篠沢の子飼い刑事と呼ばれる者ばかり。

テーブルを挟んで左右に八人が居並んだ。

篠沢は彼等を見回して口を開いた。

「極秘なのでメモは一切禁止だ」

 そして加藤と池辺に視線を送り、「みんなに説明してくれ」促した。

 古株の加藤が立ち上がった。

「五日前の深夜、例の少年を張り込んでいたら、

辻斬り犯の最有力容疑者である田原龍一からの接触を受けた」

 

 何の為に内密に呼び集められたのか不審に思っていた者達が、

加藤の説明が始まると同時に表情を引き締めた。

食い入るように加藤の表情を読み、耳を傾けた。

まるで容疑者を前にしているかのようだ。

説明が進むにつれて、みんなの顔が複雑な表情になってゆく。

所轄署にさえ疑われてないのに、部外者である者に筒抜けだったとは。

加えてアドバイスを受けるとは。

おまけに、上層部が捜査本部に降ろしていない情報があると言う。


 加藤の説明が終わっても誰も何の質問もしない。

みんな無言で篠沢の方を向いて、その口が開かれるのを待つ。

篠沢は期待に応えた。

「私の元に集まった情報は地方からの第一次資料だ。

加工もされてないが、精査もされてない。

それでも全遺体の資料が集まったと思う。

承知とは思うが、入手経路は聞くな」みんなを見回した。

 今回の資料入手には手を焼いた。

上層部に内密で事を運ば無ければならなかったからだ。

その上、相手があまり交流のない地方警察。

事件によっては協力依頼とか、合同捜査とかがあるが、

人事の交流がキャリア以外は皆無に近いので、伝手は皆無に等しかった。

 いつもだと警視庁曙橋分室資料班を利用するのだが、

このケースは流石に拙いと考えて断念をした。

勿論、管理官にも漏らしていない。

巻き込むつもりはなかった。


 目を付けたのは死体検案書。

解剖全てが地方の幾つかの有名大学病院で行なわれていた。

となれば医者ルートを辿るだけ。

幸いにして都内勤務の医師には仕事柄、接触が多く、

貸し借りしている間柄の者達もいた。

金銭の貸し借りではない。

情報ないしは微罪のもみ消しであった。

 暗闇を手探りで歩かされている最中、僥倖に恵まれた。

弱みを握っている医師達の経歴を調べると、最適の人物が複数いたのだ。

解剖した各大学病院の系列の医師達であった。

思わず、世の中は広いようで狭いと実感した。

そんな彼等に貸し借りを帳消しする条件で、

系列の大学病院から死体検案書を秘密裏に入手するように依頼した。

なかば脅迫に近かったが、飴と鞭、管理している裏金も掴ませた。

表沙汰に出来ない工作だが、許されるだろう。

私事ではなく、公共の為の捜査なのだから。


 飴と鞭の効果か、直ちに必要な死体検案書が手許に集まった。

警察庁直々の箝口令であったが、

末端の医師にまでは行き届かなかったらしい。

次ぎに彼が目を付けたのは貸し借りの関係ではなく、

腕が良くて好奇心旺盛かつ反権力な医学者。

面識があったので、内密でお願いしますと協力を要請した。

予想通り医学者には忙しいと断わられたが、篠沢は退かない。

「例のバンパイア絡みで妙な死体が幾つも見つかっているのですが、

きちんとした報告が上がってこないのです。

解剖した医者達には難しい案件なのかもしれません」と餌を撒いた。


 読み通りに食い付いてきた。

「内密なら仮眠用のマンションがいいだろう。君も知っていたよな。

私は先に戻ってる、急いでくれ」

 マンションを訪れて入手した死体検案書の束を渡した。

篠沢の素人目では分からなかったが、

医学者の目に映ったものは違ったらしい。

束を捲る手を時々止めながら、首を捻って先に進めた。

「殺されかたが酷いな」と次第に目が険しくなってゆく。

全てに目を通すと、次はデスクのパソコンを開いた。

踊るような運指で検索、スクロール。

唸りつつ別の検索。

検索もスクロールも手早い。

顔色が赤味を帯び始めた。

何やら興奮している模様。


「そういう事か」と篠沢を振り返った。

「分かりましたか」

「死体を確認しないと100%ではないが、ある程度の予想はつく」

「それで」

「共通点は歯だ。

それも八重歯。

一見すると八重歯だが、よくよく見てみると、まるで小さな牙だな。

所謂、都市伝説の吸血鬼だよ。知ってるか」


 思い掛けない名前が出た。

吸血鬼、バンパイアの括りだ。

医学者によると吸血鬼の牙は、

テレビや映画で見るような強烈な印象の大きく長い牙ではなく、

ちょいと大きめの八重歯で充分なのだそうだ。

というのは、吸血鬼の牙は肉を裂くのではなく、

血を吸う為の微細な穴を開ける為の物。

八重歯の先が鋭ければ実用に値するそうだ。

 医学者が嬉しそうに、

「八重歯の構造を精査すれば100%判断出来る。

血を吸う穴と麻酔液を送る穴が開いてる筈だ。

蚊に近いんだよ。

実物を取り寄せてくれないか」出前のように尋ねた。


 篠沢に許可する権限はない。

「これは警察庁が箝口令を敷いた案件です。

私には何とも答えられません」

医学者は、「そうか」残念そうに言いながら、宙を見詰め、

そして再び篠沢に、「遺体はどこに保存してあるんだ」尋ねた。

「いずれも大学病院にて保存されています。

冷凍保存でしょう。希有な遺体ですからね」

「分かった、知り合いが在籍する病院があるから、

裏口から訪問してみよう」

「結果を教えていただけますか」

「それは構わないが、引き替えに何を」

「先生が人を殺しても目を瞑りましょうかね」

 医学者が腹を抱えて笑う。

「はっはっは、良いね、一人、それとも二人まで」


 篠沢は表情を改めて問う。

「ところで吸血鬼というのは本当にいるんですか」

 医学者は反っくり返って答えた。

「巷で存在が噂されても、都市伝説と言われて疑問符付きだったね。

常識的な意見はファンタジーの世界の住人だとね。

ところがね、世界は広い。

アフリカの奥地とか、南アメリカの僻地など色んな未開発地域で、

それらしい八重歯を持つ遺体が発見されているんだ。

発見された遺体の保存状態が悪いので、しかとは断定出来てないがね。

それでも我等の同業者達はそれを吸血鬼擬きと仮定している。

そこに今回のバンパイア騒動だ。

大勢が見守る中で蘇った。

だったら吸血鬼がいたって良いじゃないか、違うかね」

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