四面楚歌 その35
田原の言い方が気になった。
上層部が担当の捜査本部に情報を降ろしていないと言うのだ。
部外者なら、「まさか」と一笑に付すだろう。
だが現実は違う。
実際、往々にしてあり、それで悩まされる事も多い。
政治的判断というものだ。
思わず加藤は下手に出た。
「教えてくれないか」
田原は辻斬り犯人として最有力の容疑者だが、それはそれ、これはこれ。
実際、自分の肉親とか知人が斬られたわけでなし。
目を瞑ることにした。
それも両目を。
「いいだろう」と田原、
「バンパイアの上京ルートで発見された殺害遺体をどう思う」と聞き返した。
「バンパイアに運悪く遭遇し殺された。
あるいは、バンパイアに感心を持ち、捕獲しようとして逆襲された。
そういう判断をしている」
「身元は」
「全員が前歴なし、奇麗なものだ。
そこらが変なんだよ。
無関係である筈がない。
知ってるなら教えてくれ。一体何者なんだ」
加藤は何も無い手の内を晒した。
田原が友達でも見るかのような視線を加藤に送った。
「彼等の死体検案書は見たのか」
「殺害された場所は地方でウチの管轄外だ。
書類に関しては、要請は出来ても命令は出来ない。
それでも協力してくれた。
書類を送ってくれた」
「雲の上にはそれ以上の詳細な書類が届いている。
そして捜査本部には選り分けた、スカスカの書類が下された」
「何の為に。
それでは捜査が難航するだけだろう」
「深い部分を現場の捜査員は知る必要が無しと判断したみたいだな」
「何かあるのか、知られてはならぬ拙いことが」
「答えを知りたければ全ての書類を手に入れることだな。
そして彼等の共通点を探す」
「教えてくれないのか」
田原が悪戯っぽい目をした。
「自分達の目で見て確認した方がいいだろう。
俺達が渡すと、偽物でもという疑問が湧く。
だから君達の警部殿に相談すれば良い。
そういうのを入手するのが得意と聞いたが」
加藤は呆れたように池辺と顔を見合わせた。
「よく調べているな。
わかった、そうする。
しかし、下に秘匿しなければならぬような事なのか」
「俺達のような部外者には理解できない。
素人考えだが、現場に情報公開した方が、
現場としても動き易いと思うのだがな」
「上の連中は暇だから余計な事を考えるのさ。
ここをこれこれ、こうした方が捜査の効率が上がるとな。
的外れが多い。百害あって一利無しっていうやつだな。
ところで検案書を書いた医師や、現場となった地方の警察の口は。
かなりの数になると思うが」
田原が言い捨てた。
「管轄を越えた厳重な箝口令が敷かれたそうだ」
池辺が目を見開いた。
「そりゃあ・・・」
警察庁が絡めば毬谷家に筒抜けとなる。
本当に驚くしかない。
そういう現実の前に加藤も苦笑い。
歴史には埋もれているが、
戦後の焼け跡で毬谷家は一族郎党の生存の為、
米軍のエージェントとして活動した。
その繋がりが今の警察庁にまで保持されているのだろう。
それもかなり上の方に。
毬谷家は表向きは地方の酪農家だが、
財政的には裕福で、株や債券を一族郎党名義で分散して所有していて、
その影響力は侮れない。
一族から政治家や官僚をも輩出していた。
加えて警察庁、警視庁OBや財務省のOBを、
支配下企業に積極的に受け入れ、備えは万全。
加藤も池辺も、自分達の無力さを思い知った。
辻斬りの有力容疑者の方が情報に精通しているとは。
情け無い。