四面楚歌 その34
加藤と池辺は興味に負けた。
田原の話が終わると、後部座席を真剣な眼差しで振り返った。
そうと知って田原の顔が緩む。
「前の戦いから得られた事は、
普通の銃や刀では太刀打ち出来ないという事だ。
治癒力が異常に早いそうだからな」
加藤が首を捻った。
「それでも前回はバンパイアの封じ込めに成功したんだろう。
それは何故だ。何らかの手段を講じたのと違うのか」
「一つは非科学的だが、選りすぐりの術者達がいた。
呪術師、方術師、調伏僧にエクソシスト。
テレビで見掛けるエセ超能力者とは違い、彼等の力は本物だったそうだ」
「何を指して本物と断定するんだ」と池辺。
「俺は実際に見た事はないが、生き残った血縁のエクソシストの話しでは、
本物であれば、調伏僧は細い棒一本で大木の幹を刺し貫くと、
それを見ていた方術師は負けずとばかりに拳で岩を砕いたとか。
丹田に気を溜め、呪文を唱えながら、念に転じて術とするのだそうだ」
加藤も池辺は信じるしかなかった。
「なんともはや、・・・」
「しかし、術者達は重要な脇役で主役は別にいた。
例の『風神の剣』とその遣い手だ」と田原は池辺を挑むような目で見て、
「あの剣に触れて何か感じなかったのか」と続けた。
「そこまで深くは触れていない。
証拠品だったからな」
「あの剣には魔を封じるという謂われがある。
実際は剣に怨霊の類が取り憑いていて、遣い手を選ぶのだそうだ。
同調する人間が持つと、魔を封じる機能を発揮するが、
どうという事のない人間が持つと、怨霊に祟られるだけで終わる。
バンパイアとの戦いでは、『風神の剣』で斬られた刀傷は、
治癒に明らかに時間がかかったそうだ。
それでバンパイアは多くの血を失った」
「嘘のような話しだな」と池辺が感想を漏らした。
それでも田原に気を悪くした様子はない。
「そうだ。俺達凡人には理解出来ない話しだ」
加藤が後部座席の白鞘を指差す。
「それで『風神の剣』を持って来たわけか」
田原は首を横に振った。
「これは違う。
『風神の剣』を扱える者はいないと思ったから、別の剣を持って来た。
『鬼切り』と呼ばれる有名な鬼をも斬るという剣だ」
池辺が頷いた。
「聞いた事がある、源氏の頭領の証の剣ではなかったかな。
ただし、自称する数が多くてどれが本物かは分からないそうだが」
田原が得意そうに言う。
「刀に煩い者達が選んだんだ。
どの『鬼切り』よりも本物に近い」
「どの『鬼切り』よりもか。
それをわざわざ持って来てくれたのか」
田原は池辺を挑戦的な目で見た。
「アンタが警視庁一番の遣い手だそうだからな。
それが捜査本部にいるんだ。
任せるしかないだろう」
加藤が感心した。
「そんな細かい事まで調べたのか」
「俺達に出来るのはここまでだ。
出来れば術者はそちらで見繕ってくれないか。
いないより、いた方が役に立つぞ」
「取り敢えずは上に話しするが、・・・無理だろうな。
・・・。
ところで、どこまで知っているんだ」
おそらく捜査情報は毬谷家に筒抜けなのだろう。
そんな加藤の気持を読んだのか、田原の目が緩む。
「捜査本部に下ろされてない情報がある」
「んっ」加藤と池辺が口を合わせた。
田原は二人の顔を交互に見た。
「警部殿は無論、管理官でさえ蚊帳の外だ。
雲の上の方々が下々には知らしめないと決めたそうだ」