四面楚歌 その31
神宮前で金髪少年を発見しても篠沢は慎重だった。
覆面パトカー、バイク、自転車を適度に交代させながら尾行させた。
さらには遠巻きするように予備人員も配備、抜かりはなかった。
警察側の意気込みを知らぬ相手はノンビリしたもの。
神宮外苑を抜けて信濃町、四ッ谷、市ヶ谷方向へと。
時折、足を止めて店頭のサンプルを繁々と観察するが、
店に入ることはなかった。
そのまま早稲田鶴巻町の交差点まで歩いて行く。
真っ直ぐ進めば高速の出口。
金髪少年は迷わない。
横断歩道を渡り右折した。
江戸川橋へと進む。
高速下で左折。
護国寺方向へと爪先を転じた。
後方支援している覆面パトカーの助手席の刑事がぼやいた。
「子供にしては足腰が鍛えられているな」
「だからバイパイアなんだろう」運転席の相棒。
「信じるのか」
「篠沢サンを信じてるだけだ。
あの人の読みは外れた事がないからな」
「まあ、確かに。
あの人とは長いこと一緒に仕事しているが、
読みなのか勘なのかよく分からんが、良く当たるんだよなあ。
お蔭で難しい案件が回ってくる。
喜んでいいんだろうか・・・、部下としては難しいな」
「部下としては大変だよな、休む暇がない。
・・・。
あの人、仕事が出来るから出世はしないって噂だ」
「あの噂か。
だろうな。
現場から仕事が出来る警部を外しちゃ拙いだろう。
雲の上の連中は員数合せでいいけど、下はまともでなくちゃな。
市民や犯罪者と直接向き合うんだから」
「上の連中は馬鹿が知れぬように梯子を外されてるからな」
「その為の雲の上だろう、降りてこないように。違ったか」
馬鹿話をしていると、金髪少年は護国寺前で踵を返した。
躊躇いも何もなかった。
事前の予定であるかのように踵を返した。
表通りを真っ直ぐに引き返して来た。
その時に尾行していたのはバイク。
篠沢警部の声が無線機から流れた。
「バイクはそのまま直進。
後方支援の覆面パトカーは歩道寄りに停車。
近くに自転車はいるか」
「はい。輸送車に二台、江戸川橋付近にて待機しております」
「その場に車内にて待機し、相手が通過しだい、尾行を再開しろ」
「了解しました」
バイクの警官が問う。
「私は直進した後、どうしますか」
「ヘルメットと上着を予備の物と替え、頃合いを見て引き返せ。
暫くは後方支援だ」
「バイク、了解です」
マイクをデスクに置いた篠沢警部に居合わせた刑事が問う。
「奴の行動をどう思います。
ただの散歩ですか。それにしては遠距離だけど」
「地理を覚える為に出歩いているのじゃないかな」
「と言う事は、奴は東京に居着くという事ですよね」
「そういう事になるかな」
「・・・、嫌ですね。
警部は奴がバンパイアと信じているんでしょう」
「そうだ。
が、一度、本物がどうかを試す。
全てはそれを見てからだ」
「どう試すんですか」
「時期が来たら腕の立つ者を募って職質を行なう。
勿論、最悪の場合に備えて万全の対策を講じる。
その為に象用の麻酔銃も頼んである」
無線から警部を呼ぶ声。
「奴がコンビニに入りました」
篠沢は急いでマイクを取った。
「尾行している者は離れた所で待機。
念の為、裏口があるのなら、そちらにも人員を回すように」
こちらの人海戦術を知らぬ金髪少年は、
アイスクリーム片手にノンビリした顔で店から出て来たそうだ。
金髪少年が同じ道を引き返すと判断した篠沢警部は、
神宮前の発見現場を中心にして五百メートル圏内に、
多めに人員を配備する事にした。
「その辺りにアジトがある」と推測したのだ。
ありったけの車輌を掻き集め、表通りから裏通りにまで、隈無く配備した。
もっとも土地の住民に怪しまれ所轄に通報されては、
色んな意味で騒ぎとなるので、適正な間隔での配備は諦めた。
少し空けた穴は、配達や営業を装った自転車で補うように手配した。