四面楚歌 その30
「辻斬り」捜査本部の実質的な指揮をとっている篠沢警部の手許に、
加藤刑事と池辺刑事のコンビから報告が上がってきた。
例の喧嘩騒ぎで奇妙な飛翔を見せたという金髪少年の事だ。
コンビは喧嘩のもう一方の主役であった榊毬子を事情聴取した。
しかし少女から決め手となる証言は一切得られなかった。
「助けてもらった人物を売るつもりはなさそうです。
男らしい少女です」
そう報告がなされた。
それでも少女の微妙な表情から刑事コンビは確信した。
見せた金髪少年の写真は当たりに違いないと。
しっかりしてるようでいても所詮は人生経験の浅い少女。
玄人たる刑事の目を誤魔化せるわけがない。
篠沢は現場付近に点在する街頭の防犯カメラの映像を全て回収させ、
捜査員総出で映像を検めさせた。
人海戦術で三日かかった。
結果、探していた金髪の外人少年が映っているのが幾つか見つかった。
古いのは事件の八日前。
新しいのは本日より数えて四日前。
服装や所持品の少なさから、近辺に住んでいると確信した。
そこで篠沢は捜査員を辺り一帯に投入する事にした。
「これは所轄には内緒で行なう。
外部にはけっして漏らすな」指示した。
篠沢は喧嘩の一件書類と地元に内緒の実地検証から、
金髪少年の飛び膝蹴りの、その異常なまでの飛翔距離を、
「バンパイアに違いない」確信した。
『メイド・イン・ウサ』跡地を管理していた毬谷家に、
戦後の日本に上陸したバンパイアの姿格好を問い合わせたのだが、
返事は素っ気なかった。
「申し訳ないが、書類としては何も残されていない。
石棺に封じた者達も一人として存命していない。
協力したいのは山々だが、何の役にも立たない。まことに申し訳ない」
額面通りに信じたわけではないが、無理押しも出来ない。
なにしろ毬谷家は警察庁上層部に何らかのパイプがあるらしい。
この場面で無闇に波風を立てるのは好ましくない。
渋々と引き下がる事にした。
ただ、当時の状況から正体が白人である事は明白だった。
篠沢は良い刑事が最後に頼るのは、
長年現場で鍛えた勘であると知っていた。
その捜査本部の古手の刑事達が口を揃え、
金髪少年で当たりと言っているのだ。
金髪少年がバンパイアである可能性が非常に高い。
上には報告しないが、下にはその方向で動いて貰う。
「防犯カメラに映った辺りを中心に探せ。
だからと言って発見しても職質はするな、接近もするな。
遠く離れながら、難しいかもしれないが、アジトを確かめるんだ。
そして身元を洗う。
慎重の上にも慎重にな」捜査員に念を押した。
危惧する事があった。
それは大分から東京までの間に見つかった殺害された遺体。
その数、十六体。
被害者の人種は様々。
日本人らしき者も含め、白人から黒人まで揃っていた。
犯行は明らかにバンパイアの手によるものと思われた。
首を折られた者。
喉を噛み砕かれた者。
引き裂かれた上、心臓を掴み出された者もあった。
殺すのに武器や道具は一切使用されていない。
全てが獣並みの膂力で行なわれた事は確か。
となれば心当たりはバンパイアしかない。
ところが、それらの遺体の身元が一切分からない。
身元を辿れる類の物を何一つ所持していなかった。
バンパイアが持ち去った形跡はなく、
明らかに本人達が身元を隠そうとしていた節が見られた。
死に顔と指紋を国内のみでなく、
インターポールにも送付して協力を依頼したが、
朗報は一つとして戻ってこなかった。
日本に国籍があるとして、どこに居住していたのか。
外国籍だとしても、何処の国から来たのか。
入国時には指紋が登録されるのだが、記録には一人も記載されておらず、
遺体は全てが無国籍者として保管されることになった。
懸念するのは彼等が偶発的に殺されたのではなく、
バンパイアを追跡して返り討ちに遭ったのではないかということ。
だとすれば、彼等は何者なのか。
それにオールマン家の問題もある。
先々代の当主が戦後の日本にバンパイアを帯同した人物だ。
それは毬谷家でも認めている事実。
今回、『メイド・イン・ウサ』跡地の掘り返しを、
現当主のアンネ・オールマンの来日に間に合わせる為に、
圧力をかけて一日遅らせたとかいう噂、
篠沢があらゆる情報源に当った結果、それも事実だと判明した。
そこで来日中のアンネ・オールマンに面会を求めたが、即座に断られた。
ならばと監視をつけたのだが、何度も見失った。
こちらの手落ちというよりは、意識して尾行を撒いた形跡があった。
警察に知られたくない人物に会う為なのだろう。
バンパイアも脅威だが、
その周辺に見え隠れする連中も胡散臭い者達ばかり。
何が行なわれるのだろう。
それとも何かが行なわれたのだろうか。
張り込みを開始した翌日には金髪少年が発見された。
原宿駅の人混みに紛れて見失ったそうだ。
その際、全くの無警戒だったと報告が上がって来た。
しかし、篠沢は慎重を期した。
尾行に気付かれては全てが無に帰す。
「けっして接近するな。
見失っても構わん。
遠くから尾行して出来ればアジトを確認しろ。
だが、危ないと感じたら直ちに引き返せ。
今日無理なら明日がある、分かったな」全員を投入した。