満月の夜 その1
ごめんなさい。
元々は焼酎を飲みながら書き進めたので随所にアラが、アラアラ。
そんな訳で手直し工事中です。
おっかちゃんのためなら、えんやこらっ、がんばらんかー。
予定としては未定です。
ただ今、二百話をクリアしました。
前向きに努力しています。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
体育館にボールを打つ音が響いた。
バレーボールのスパイクだ。
それがコートの隅ぎりぎりにインした。
床を直撃するボールの小気味よい音と同時に、黄色い歓声が上がった。
三年三組と四組の女子の合同体育の授業。
幾つかに分かれてチームを作り、対戦していた。
コートの一方には三組の榊毬子のチームがいた。
味方がサーブを打った。
まるで天井サーブ。
狙ったというより、力を入れ過ぎたのだろう。
「あー」という溜息ともつかぬ歓声。
それでも運良く相手コートに落ちてゆく。
相手チームの後衛にはバレー部の女子がいた。
彼女が山なりに落ちてくるボールを巧みなレシーブで掬い上げ、
前衛に戻した。
前衛は授業とは思えぬ連携で、移動攻撃をみせた。
Cクイック。
いや絶対、まぐれだろう。
まぐれが決まろうとした。
スパイクを味方後衛が辛うじてレシーブした。
前衛が必死になってトスを上げた。
コントロールされていないせいか、ボールがコートの中央へ飛んだ。
それでも高さだけは充分だった。
毬子が、「任せて」とジャンプした。
彼女は長身でバネを兼ね備えていた。
「バレー部の選手か」と見紛わんばかりの高さまで跳躍した。
ボールを目で捉えながら、身体を弓のように反らせた。
宙で身体の軸を安定させ、半身を捻りながら右腕を振るう。
肘を効率的に使い、手首のスナップを効かせてボールを打った。
コントロールされた打球が相手方コート片隅を射抜いた。
授業中とは思えぬ黄色い歓声と拍手。
着地した毬子の豊かな胸が揺れた。
キリッとした顔立ちで髪は無造作なショート。
胸さえ小さければ、「まるで美少年」かと見間違えそう。
生来の天然ボケで、男子生徒ばかりでなく女子生徒にも好かれていた。
隣に来た野上百合子が、
「マリ、ジャンプする度に胸が外れそうになるね」と囁いた。
毬子は、「分かってくれる、重いのよ」と照れ笑い。
「少しは私に分けて貰いたいものね」
百合子は名前通りに可憐な顔立ち。
身体付きはスレンダー。
「分けられる物なら交換しようか。
私はアンタの脳味噌が欲しい」
いつも成績上位に名を連ねる百合子に比べ、
毬子のテストの点数はバラツキが激しく常に下位に甘んじていた。
「たまには教科書を読みなさいよ」と百合子が笑う。
ここは東京、駒込の私立美波高校。
校名は傍にある美波神社に由来し、文武の両立を目指していた。
実際、文は都内でも知られる有数の進学校。
ただ、武では、「スポーツは他人との繋がりを学ぶに最適な手段」と、
スポーツの強豪校になるよりも対人関係に主眼を置いていた。
なので、各クラブの戦績は思わしくなかった。
それでも授業が終わりクラブ活動の時間になると、
校庭や体育館は人で溢れていた。
その賑わいを横目に毬子が下校して行く。
部活で擦れ違う男子生徒が声を掛けてきた。
「お婆ちゃんは元気か」
同じ中学出身なので毬子の家の事情は知っていた。
「元気過ぎて困っているわよ」
毬子の家は歩いて行ける距離にあった。
駒込の隣の巣鴨。
山手線に駒込駅、巣鴨駅とあるが、乗って通学した事はない。
同じ巣鴨の中学出身者達も徒歩か自転車だ。
榊家は巣鴨の旧家で、山手線沿いに居を構えていた。
年代を感じさせる木造の門構え。
手入れの行き届いた生垣と広い庭。
その奥の古くて小さい日本家屋がそれだ。
毬子と祖母の二人暮らしなので、それでも広く感じた。
五十年ほど前に敷地の一角を交番用地として提供していたので、
今も律儀に交番があり、女二人暮らしでも何の心配もなかった。
祖母・紀子はもうじき八十歳になろうかという高齢にも関わらず、
通いのお手伝い、重子さんと一緒になって忙しそうに働いていた。
「ジッとしているとボケちゃうわ」と。
力仕事は重子に任せ、「細かい軽い仕事を選んで」というか、
無理して仕事を作っていた。
惚け防止もあるが、何かしてないと手持ち無沙汰なのだろう。
夕食のメインは「カレイの煮付け」。
祖母の健康を考慮して薄味だが、若い毬子にも充分に美味しいもので、
重子は、「家庭料理の達人」と言っても差し支えなかった。
日が暮れるのを待って毬子は庭に出た。
手には木刀が握られていた。
芝生に素足で立ち、木刀を青眼に構えた。
木刀は二年前に亡くなった祖父の手作りの物。
毬子が始めて木刀を手にしたのは物心がついた頃、とは祖母の話。
道場には通った事がない。
師は祖父だった。
若い頃、学生剣道で鳴らしたと言う祖父が手取り足取り教えてくれた。
晴れた日は芝生で、雨の日は広間で休みなく毎日続けられた。
お蔭で身体は至極健康。風邪一つひいた事がない。
木刀を振り続けていた毬子は位置取りを替えた際、
頭上の異常な光彩に気付いた。
見上げると満月が真っ赤に燃え上がるように輝いていた。
男は大きな岩の上で仰向けになり、満月を見上げていた。
傍に女が歩み寄って来た。
「ここにいたの」と長身の女。
戦場にも関わらず豊かな胸が強調される衣服を身に纏っていた。
それを注意すると、「戦場で色香に迷うようでは駄目でしょう」と笑われた。
彼女は長い黒髪を風に棚引かせながら、
立ち姿勢のままで月を見上げた。
やおら男が立ち上がった。
女より頭一つ高く、筋骨隆々たる体躯の持ち主。
姓は項、名は籍、字は羽。
項羽。
女は、姓は虞、名は佑、字は桂。
虞美人とも、虞姫とも呼ばれていた。
「妖しげな色の満月ね」
「どう見る」
「前途は辛いものになりそうよ」
彼女は躊躇うことなく口にした。
項羽は虞姫を振り向いた。
「それでも付いて来るのか」
虞姫は答え代りに笑顔を見せた。
そこには一点の曇りもなかった。