85、領主の特権 その3(領主特権の追放刑)
クレスは室内を見渡した。
部屋の広さは凡そ横が15メートル、奥行きが20メートルほどある。
部屋の奥に少し立派な木製の机と椅子が横一列に並んでいる。
一方、出入口付近には木製の椅子のみが20~30脚ほど置かれている。
横4脚、縦7脚ほどである。
その椅子に昨日買い物を兼ねて人族に対する接客の様子見の際に見かけた店主たちが座っていた。
人数は6人ほど居た。
(どうやら、部屋の奥にある机に我々が座する様だな。
一方で手前の椅子に座っている連中が、昨日出会った件の店主たちだな…。
それにしても…何だか警視庁とかで記者に対する記者会見をするときのレイアウトっぽいなあ…)
などと、クレスは埒もなく考えていた。
「どうぞ、こちらです」
そう言うとガルツは、クレスの前を歩き恰も家臣が主人を案内するときの露払いをするときの素振りであるかの様に先導して歩き始めて、部屋の奥にあるテーブルのある中央の椅子へとクレスを誘った。
そして、ライサスはクレスの後ろを歩いて背後を護衛するかの様な雰囲気を醸し出していた。
すると、件の商人達からざわめきと共にヒソヒソ話が聞こえてきた。
「なんだ、ギルドマスターの後ろに居る人族は?」
「あ、あいつは確か昨日ワイの店に買い物に来た人族だ。ゴブ」
「ああ~~、そう言われてみれば、昨日オデの店にも来たんだな。ブヒ」
「あ~~ら、あの人族のガキは、あたくしの綺麗なお店にもきたザマスよ。
汚らしい人族がきたから、相場の10倍の価格を提示してすぐに追い出したザマス。オホホホ」
その一方で…
「ついさっき、新領主の事が公表されたらしい…」
「え?新領主が公表されたって?」
「で、どういう人物なんだ?」
「それなんだが…“ボソボソ”…、で…“ボソボソ”らしいぞ…」
「ゲ?それってマジか?」
「公表内容によるとそうらしいぞ…」
などの話声も小さく囁かれていた。
ただ、多くの件の店主たちは、ギルドマスターの手前声高に人族のクレスを誹謗中傷するのは抑えていたが、人族のクレスに対してあからさまな侮蔑の視線を送る事を隠す事なく不躾にみていたのであった。
クレスが席の中央の椅子に、ガルツがクレスの右隣に、ライサスがクレスの左隣りに座った。
これは、店主たちから見た場合クレスの左にガルツ、右にライサスが座った事になる。
そして、クレスが中央の椅子に座ったのを見て多くの店主たちは一様に…
“なんだアイツは?人族がなんで座っているんだ?あんなガキ、ギルドマスターの付き人だろう?付き人だったら座らずに背後に立って付き従っているはずでは?”
と言う、疑念の目を多くの店主が一斉にクレスに向けた。
ただ、クレスやギルドマスターのガルツやライサスは、店主たちの視線を何ら気にする事なく言葉を切り出した。
始めに話し始めたのはガルツであった。
「では、その方達の希望によりワザワザ新領主がおいでになられた。感謝する様に」
そう言うと、ガルツは隣を向いて自身の左腕を伸ばしてクレスを示しつつ、大声で喋った。
「ワシの隣に座するこちらの人族のクレス様が新たなラピス村の新領主だ!」
その言葉を聞いた店主たちは、始めポカ~ンとしていた。
その後、多くの店主たちが爆笑し始めた。
“ドウワッハッハッハッハ”
「ガ、ガルツ殿~~、冗談は止めて下され~~(笑)」
「ヒイ~~ヒヒヒヒ、わ、笑いが止まらん…、は、腹がいてえ~~、ククク クウアハハハハ」
「そ、そうかあ…ガルツ殿は顔に似合わずに冗談がお好きだったのだなあ~~~、ククククッ」
部屋中から爆笑の渦が渦巻いて暫く、止まりそうになかった…
一方、…
クレスは、この光景を見て、“ニヤリ”と邪笑を浮かべていた。
(より一層の大義名分ができたな。
新領主をコケにして笑い飛ばして人目を憚る事なく侮辱する…。
いいぞいいぞ、もっと笑いやがれ~♪)
ガルツは、この光景を見て…
(こ、この連中終わった…。ダメだこりゃ!)
とばかりに首を大きく左右に振って、ドリフター〇のいかりや長治ばりのセリフを声に出さずに吐き捨てた。
ライサスは…
(昨日、クレス君が言っていた人族に対する差別がここまでだったとは…。
クレス君が怒るのも無理ないわねえ…)
と、三者三様に思っていた…
呆れていたガルツではあったが、このままではどうしょうもないとばかりにクレスに声を掛けた。
「このままでは埒があきません。嫌かも知れませんかが、マントの着用をお願いします」
それを聞いたクレスは無言で頷くと、マントを取り出して着用した。
それを見たガルツは、言葉を続けた。
「お前らの中にも見知った事がある者もおるやも知れんが、改めて言っておこう。
今、クレス様が着用されたマントは貴族位を表すマントだ。
このマントの着用は本人以外不可能だ。
つまり、これは取りも直さずクレス様が新たな領主であると言う証明なのだ」
そのガルツの説明を聞いた店主たちはようやく笑う事を止めて、小声で話し始めた。
「そ、…そういえば、以前に別の村で領主様が同じ灰色のマントを着ている処を見たことがある…」
「ワシも別の町で色こそ違うが同じデザインのマントを領主様が来ておられる処を見た事がある…」
「な、なんだって…。だったら、あの人族のガキが新たな領主だっていうのかよ?」
「おい、ちょっと待て、オレは昨日、あのガキが買い物に来たからここぞとばかりに商品を相場の10倍で売ろうとしたんだぞ(汗)」
「お、お前もか?ワイも商品を10倍で売ろうとしたんだ。ゴブ」
「オデだって、10倍で売ろうとしたんだな。ブヒ」
「あ、アタクシも同じザマスわ…」
「そ、それに今だって、散々笑い飛ばしていたぞ、俺たち…」
そう言う会話が至る所からガヤガヤと聞こえてきた。
(そろそろ頃合いかな?)
そう考えたクレスは、話始めた。
「この人族のオレが新領主となった。
本来はワザワザお前らごとき平民なぞに会う必要もないのだが、お前らがしきりにギルドマスターのガルツにせっつくモノだから、オレが温情でワザワザ出向いてやったと言うのに来てみれば、このオレを侮辱する大爆笑で迎えてくれるとはな…
ホントお前ら良い度胸しているぜ!覚悟はできているんだろうなあ…」
そういうクレスは、旨そうな獲物でも発見したかの様な舌なめずりをした…
すると、店主の一人がいきなり立ち上がると大声で叫んだ。
「こ、この人族のガキが領主になれる訳がねえ~。
そのマントだって偽物にきまってる、ゴブ」
それを聞いたクレスは、呆れた様に首を振った。
「ああ、そう言えば、お前は以前にオレがショートソードを買いに行った時に10倍で売りつけようしたゴブリンの店主だったなあ…。
そして、この期に及んでもまだオレを侮辱するか…。
もういい。貴様はこの村から追放処分とする。
このオレが領主の間は、以後オレの領地に立ち入る事はならん!」
クレスがそう言った瞬間に大声で叫んでクレスを偽物呼ばわりしていた店主のゴブリンが掻き消えた。
それを見た店主たちは騒ぎ始めた。
「おい、あいつ消えちまったぞ。一体どうなったんだ…」
「ああ、今のヤツか?ヤツなら村の安全圏外に放逐したぞ。文字通りその体一つでな…。だが、村の外は砂漠だからなあ…何も装備を持たずに何日持つのやら…(邪笑)」
そういう、クレスの表情は暗い笑みを浮かべていた。
「りょ…領主特権による…追放…」
店主の一人が“ボソッ”と呟いた。
「あ、あれが、“追放”なのか…」
“ザワザワ”と、店主たちがざわめくと共に、段々とクレスを見る眼が侮蔑から恐怖へと変わっていった…
「やっと、状況を理解できたようだなあ…(ニヤリ)」
クレスは、楽しくて仕方がないとばかりに“ククククッ”と笑っていた。
そして、クレスは話を続けた。
「オレとしては、新領主になったのでな…。
この村の経済活動がどうなっているのか、昨日領主就任が公表される前に少しチェックしておこうと思ってな…。
で、すべての商店を回って買い物しようとしてみたんだよな…」
そこでクレスは店主たちに一瞥をくれた。
すると店主たちは思わず視線を逸らした。
「すると、ここに雁首並べている店主たちは、“右へ倣え!“とばかりにオレに対して商品を10倍で売りつけようとしたな!」
クレスは、鋭い視線を店主たちに向けた。
すると、一人の店主が立ち上がると叫んだ。
「それは誤解です。ワイは10倍の価格で商品を売りつけようとしたなんて…」
「ふん。事前に調べて相場を把握済みだったんだ。そこは抜かりねえぞ!」
クレスは、吐き捨てる様にその店主の抗弁を切り捨てた。
「でだ。オレとしては、これまで通り、前領主のやり方を基本的に踏襲するつもりだったんだが、一部の種族を不当に差別する商売は領主として見逃す訳にはいかなくてな(邪笑)」
クレスは話を続けた。
「人族のオレに対して、桁を一桁上げて10倍の価格設定をして販売しようとしたんだからオレとしてはお前らの流儀に従って、オレもお前らの設定した10倍に更に一桁上げて100倍の設定にして商売税を設定したって寸法だ(ニヤリ)」
「そ、そんな…(滝汗)」
「い、幾ら何でも100倍の商売税は横暴が過ぎます。
今までは月10万ザガネだったのにこれからは月1千万ザガネの商売税になってしまいます」
「いやあ~そうは言うがなあ…。
お前ら以外の商店主はオレに対して相場の1倍で売ろうとしたぞ。
だから、オレとしてもそういう店主に対しては、これまで通り商売税も1倍の月10万ザガネのままだぞ」
そういうクレスは楽し気に喋った…
それを聞いた件の店主たちは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
「うん?どうした?お前らの流儀に従っただけだぞ。嬉しいだろ?な?(邪笑)」
すると、店主の一人がこう切り出した。
「そこまでの重税となると我らは廃業しなければなりません」
「ふむ。廃業したければ、廃業するがよかろう。オレは止めんぞ♪」
「ただ、そうなると、これまで通りの経済活動で村で回らなくなるのでは?」
「ほう。そういう切り口か?ちったあ考えたらしいなあ…。
そういう頭のいい奴は嫌いじゃないぜ。
ただな、お前ら全員が廃業したとしても同業他店が最低でも一店舗は存在するんだよ!
だから、お前ら全員が廃業してもさほどラピス村は困らないんだよ♪
よかったな♪いらぬ心配だったなあ♪♪」
クレスの返答を聞いた件の店主たちは一斉に騒ぎ始めた。
「そ、そんな…毎月1千万ザガネの税金なんて払えないぞ」
「このままだと廃業するしかない…。
ただ、それじゃあどうやって喰っていけばいいんだ…」
それを聞いたクレスは、突っ込みを入れるかの様に話した。
「な~に、森に入って薬草採集でもすればいいさ。
今なら何と時給10ザガネは稼げるぞ♪♪
1日10時間も働けば100ザガネにもなる。どうだ?何とかなるだろう?」
「ふ、ふ、ふざけるな~」
「“ふざけるな”だと!領主に対して言う言葉か?」
クレスは、ジロリと睨みつけた。
「あ、いえ、す すみませんでした」
店主は人族のクレスにまだ頭を下げる事に抵抗があるのか、一瞬言いよどんていたが、最後には頭を下げて謝罪の言葉を言っていた。
「すみませんでした。
ですが、幾ら何でも時給10ザガネはあんまりです。それでは暮らして行けません」
それを聞いたクレスは首を傾げつつ言った。
「ん~~、そうかあ…。オレはつい最近の半年前までその稼ぎで頑張ってきたぞ。物心ついてから10年以上…」
「なっ」
クレスの想像以上の大貧民ぶりに件の店主たちは二の句がつけなくなった。
「な~に、1日50ザガネの食費とあとは、森の木の実を採集すればなんとかなるさ。
木の実も少しは売れるからな♪あ、これもオレの実体験ね。
あとは、どうしてもお金が足りない場合は寿命を売って糊口を凌ぐんだな(邪笑)」
クレスは、ニヤニヤしながら、言葉を続けた。
「とまあ、こういう過酷な生活水準をしてきたオレに対して人族と言う理由だけで、ボッタクリ商売を仕掛けてきたお前らを許すと思うのか?ああ~?」
クレスのこれまでの体験を聞いて、これ以上ごねるのは拙いと判断したのであろう。
件の店主たちは、次第に沈黙していった。
「まあ、オレが言うのも可笑しなモノだが、このラピス村での商売は諦めて新天地を目指して出て行った方がまだ、報われる目があると思うぞ。オレの言いたい事は以上だ」
「ああ、増税は本日から適用だから廃業するか商売継続するかは、早めに判断した方が良いぞ!じゃあな♪」
そう言うとクレスは、“ククククッ” “アハハハハ” と笑い声を上げつつ部屋を後にしたのであった。




