83、領主の特権 その1
ダンジョンの外に出たクレスは、一緒にいるサアシアに声を掛けた。
「オレは少しやりたい事があるから、シアは先にオレの自宅に戻って休んでいてくれないか?」
それを聞いたサアシアは理由を聞く事もなく「分かったの」とだけ答えて、クレスの自宅へと去って行った。
その後ろ姿を見届けたクレスは、考え始めた。
(一番大きい教会への報復は後回しだ。まずは、他の商店の反応を見るか…)
そう判断したクレスは、これまで一度も出入りしたことのない店ばかりに赴いて人族であるクレスが実際に買い物をしようとした場合の反応を観察した。
……2時間後……
(結果は…店主がコボルト族の場合、100パーセント差別する事無く対応するな。
一方、コボルト族以外の種族、例えばゴブリン族やオーク族などの暗黒神を信仰している種族の場合だと約90パーセントの割合で差別・ボッタクリを仕掛けてくるな。
これは鑑定スキルと真偽の判定スキルで確認したから間違いない!
ただ、或る意味1割だけでも差別しない暗黒神側の種族が居た事にはビックリしたけどな!)
「さて、いよいよ教会とご対面だな!」
そう呟くとクレスは暗黒神の教会へと足を向けた。
クレスは、教会へと入って行った。
クレスは周囲を見渡したが、視野に入ったのは見習い用と思われる服を着たゴブリン族の男が清掃しているだけであった。
「おい、そこの見習いゴブリン。ここの教会の責任者を今すぐ連れてこい!」
クレスは今までになく、高飛車な態度で言い放った。
一方、それを聞いた見習い神官?のゴブリンの男は、一瞥をくれたのが、人族と知るやあからさまに顔を顰めて不機嫌そうに“ドスドス”と歩いてくると高圧的にクレスに怒鳴った。
「おい、てめえ、人族になに偉そうに言ってるんだ。
ここは、お前の様な人族がくる処じゃね~~んだよ。さっさと帰りやがれ!!」
「ほう…。ゴブリン族って言うのは随分と偉いんだな~」
クレスは内心冷笑しつつ言った。
するとその言葉に気を良くしたのか、単純な見習い神官はこう言い放った。
「おおよ!このオレ様、ゴブリン神官見習いのゴーブ蔵は、お前みたいな人族が100人束になってかかってきても勝てる強き者よ。ゴブゴブ」
「ああ。そうかい。で、ここの教会の責任者をここに呼んでくれるのかくれないのか?」
と、クレスは再び聞いた。
その言葉を聞いたゴーブ蔵は、途端に不機嫌になった。
「まだ、そんな事を言っているのか!司祭様がお前みたいな人族にお会いになる訳ないだろ!さっさと帰りやがれ」
すると、クレスは腰にある小袋から例の男爵用のマントを着用した。
「このマントを見ても、そんな事が言えるのか?」
だが、ゴーブ蔵は、そのマントを見ても何も態度が変わらず、同じ態度を繰り返した。
「ああ?!その小汚ねえ色したマントがどうしたってんだ。さっさと帰りやがれ!」
(はっ、このマントの意味も知らないとはな…。
ま、こんな事もあるだろうと思って用意しておいて正解だったな…)
そう思ったクレスは、懐から一通の書状を出した。
「だったら、この書状をこの教会に渡す様に。あとは、一応口頭で伝えておいてやる。
明日からこの教会にかかる教会税は、1か月10億ザガネ。1日だと約3333万ザガネだ。
今は9月2日だ。だから残りの日数は日割り計算にしといてやる。
支払うのがイヤなら本日中にここを閉めて出て行くんだな!それから寄付も取りやめだ!
しっかと伝えたぞ!!」
それを聞いた見習い神官は一瞬きょとんとした表情を浮かべつつ、盛大に笑い始めた。
「はあ??? おめえ一体何を言ってやがるんだ。ばっかじゃね~~のか?
税金を決められるのはご領主様だけなんだぜ。
何でおめえがしゃしゃり出てくるんだよ?
おめえイカレテるんじゃね~~か?? ブゥワハハハハッ」
その光景を見ていたクレスは、逆に冷めた眼差しで見ていた。
(爵位を表すマントの事も知らずか…。ある意味、めでたいと言うか哀れと言うか…)
「確かに書状を渡したし、口頭でも伝えたからな!」
そう言うとクレスは、マントをしまいつつ教会を後にしたのであった。
背後では、尚もゴーブ蔵の下品な笑い声が聞こえていた…
次に、クレスはギルドに足を向けた。
「こんばんは。ライサスさん」
その声に気づいたライサスは、クレスへと顔を向けるとニコリと笑みを浮かべて言葉を綴った。
「こんばんは。クレス君本日はどうしたの?」
「実は…」
カウンターの対面にいるライサスにのみ見える様に、こっそりとクレスは指輪を見せた。
それを認めたライサスは“ハッ”とした表情を浮かべた。
「それって、ダンジョンマス 」
と言いかけたので、クレスは思わず手でライサスの口を覆った。
「ちょっとラシアスさん。まだそれはバラさないで欲しい(汗)」
“もごもご”と口を少し動かしていたライサスは、“コクコク”と二度ほど首を縦に振った。
それを見たクレスはライサスの口から手を離した。
“ぷは~”
ライサスは深呼吸した。
そして小声で
「ちょっとクレス君、いきなり口を手でふさぐことはないでしょうに」
ラシアスは少し不機嫌そうに言った。
「ゴメンゴメン。でもライサスさんも、もう少し注意して欲しかったよ」
そう言われたライサスも、自分の口の軽さを自覚したのか、少し赤面しつつ喋った。
「そ、それはそうかも知れないけど…」
「まあそれはともかく…。まずは、この書状を読んで欲しい」
そう言いつつ、クレスは懐から書状を出した。
「これって?」
ライサスは疑問に思って質問した。
「本当は、部署違いかも知れないけど顔なじみのラシアスさんだと安心できるんで、ライサスさんに渡す事にしたんだ。まずは、読んでみて…」
クレスは読む事を促した。
「そう言うのなら…」
ライサスは、書状を広げて、中身を読み始めた。
すると次第にライサスの表情が困惑し始めた。
「クレス君、今はまだクレス君と呼ぶわね!クレス君これって本気?」
「ああ、本気だよ」
「でも、これだとこのラピス村にある商店の実に6割の店に商店税として毎月1千万ザガネを課税する事になるのよ」
それに対してクレスは、こう反論した。
「実はね、先ほどこれまでに買い物に行った事のないお店全てに買い物に行ったんだ。
するとさ、暗黒神を信仰している種族の実に9割の店で、このオレが人族と言うだけで販売価格を10倍に引き上げたんだよ」
「9、9割の店で10倍の販売価格?」
と、ライサスは驚いたように言った。
「ああ。そうさ。10倍だよ。
それでさ。この10倍のボタックリ価格って、今日だけの話じゃないのさ。
実は以前にもゴブリン族の店の2軒で同様に10倍で販売されたのさ…」
クレスは遠い目をしつつそう発言した。
「クレス君、それほんと?」
「ほんとだよ。でさ、今日も9割の店で10倍のぼったくり価格で販売されそうになったから、もしかしたら、暗黒神を信仰している種族の中では“人族には10倍で販売すべし!”なんて、協定でもあるのかも?と思わず考えてしまったよ」
「でも、だからって急にこれまでの商店税の100倍の課税だなんて…」
「ラサイスさん。オレの方が先に10倍のボッタクリ価格設定されたんだよ。だったら、そのお返しとして今度はこっちが桁を更に一桁上げて100倍でお返ししても可笑しい事はないと思うんだ。
何と言っても相手の流儀に従って、桁を一桁上げただけなんだから」
「それに、オレとしてもボッタクリ価格で売ろうとせずに、通常価格で販売しようとした店にはこれまで通り1か月10万ザガネの商店税を維持しているはずだよ」
「そ、それはそうだけど…」
ライサスは尚も困った表情を浮かべていた。
「な~に、イヤならお店を畳んでよその領地で商売すればいいだけだよ。
それにオレは住民税まで100倍に設定していないんだよ。
これって恩情だと思わないかな?」
クレスはニヤリと暗い笑みを浮かべた。
「クレス君、ちょっと怖いわよ(汗)」
ライサスは幾分、引き気味にそう言った。
「ともかく、オレとしてはこの決定を覆すつもりはないからさ。
あとはギルドの方から、該当する商店に税率変更の決定を伝えて欲しい。
新しい税率は明日から適用だから少しは考える時間もあるだろうしさ♪」
「確か、ギルドカードを通じて、至急の連絡通知も送信できたよね?」
とクレスは質問した。
「それはできるけど…」
「だったら、問題ないでしょう。
至急の連絡通知を送って、ギルドで呼びつけて説明すればいいだけなんだし…」
ライサスは数舜悩んだようであったが、意を決した様に頷いた。
「分かったわ、クレス君」
「そうそう、もしもどうしてもギルドだけでは対応するのが難しい場合は、オレの自宅へギルドから連絡要員を寄越して欲しい。そしたらオレの方からギルドに出向くからさ♪」
「分かったわ。恐らくクレス君を呼ぶことになると思うわ。あと、クレス君が新しい…その…」
「ああ、その公表は明日の午前9時にギルド前の掲示板を通じて公布すると共に、ギルド内でも情報伝達の形で公表して良いよ♪」
「分かったわ。そうするわね。でも、まさかクレス君がねえ…」
ライサスはしみじみしつつそう言葉を綴った。
「まあ、そういう事だから後はよろしく頼む」
そういうとクレスはギルドを後にして帰路に着いたのであった。




