52、クレスとサアシアの婚姻を巡る駆け引き(婚姻の契約) その1
そういうやり取りをした後で、ようやくクレスは何かを思い出したかの様に叫んだ。
「だから、その旦那様って何だよ?」
「貴方の名前はクレスと言うはず?」
「そ、そうだが…」
クレスは思わず気迫に気圧されるように、思わず後ずさった。
するとサアシアは、自身の背後にある棺を指さしてこう答えた。
「あの休眠の棺・別名牢獄の棺を開けるには所定の手続きを踏まないと開けられない仕組みになっているの」
「開けられない仕組み?」
「そう。その棺は私の伴侶となれる旦那様だけが封印を開放できる仕組みなの」
「はあ?」
クレスは訳が分からず、抗議の意味合いも込めて素で聞き返した。
「クレスは“エルフの女性を望んだ”そうですよね?なの…」
「あ、ああ…」
クレスは何やら得体の知れない気迫をサアシアから感じてウソをつこうとは思わず正直に答えた。
「次に、クレスの名を自署・署名した。そうなの?」
「ああ…そうだ」
「次に手形を押したの?」
「ああ…」
「最後に、赤く光る箇所にキスした。そうなの?」
「た、確かにそうだが…」
「それが一体何だって言うんだ」
「婚姻の契約と言うモノはあるの。これは所定の手続きを踏むと婚姻が成立するの」
それを聞いたクレスは恐る恐る質問した。
「そ、それってえ~、今さっき言った“自署と手形の押印と契約成立となる新たな配偶者へのキス”以上の3段階の手続きがそれに該当するの」
それを聞いたクレスは思わずその場に頭を抱えて蹲ってしまった…。
(や、やっちまったあ~~。うわあ~何とかならないかあ~~(汗))
「どうやら理解して貰えたようなの。
これでクレスはサアシアの伴侶なの旦那様なの♪たった一人の旦那様なの、もう一生離れないの♪♪」
そういうサアシアはこれまで淡々と話す無表情な顔を少し“ポッ”と赤らめて嬉しそうに薄っすらとほほ笑んだ。
それを聞いたクレスは聞き逃してはならない単語を耳にした気がしたので、立ち上がって疾く聞き返した。
「一生?」
「そうなの。
今回、サアシアとクレスが成した婚姻の契約は個別条件を設定してあったの。
それは…“一夫一妻制”と死ぬまで・そして死んでも二度と新たに婚姻しはならない。
と言う条件なの」
それを聞いたクレスは思わず血の気が引いた。
それは前世を終えて、三途の川でご隠居と会話していた頃から企んでいた事があった。
それはプチハーレムであった。
10人や20人もの女性と関係を作ろうとは考えていなかったが、前世のイスラ〇教の様に4人位までなら複数の妻を娶っても問題なかろう。
折角の異世界転生なのだから♪…と、一人の彼女のいない段階から取らぬ狸の皮算用していたクレスなのであったが、いきなりの挫折?に直面して目まいがして倒れそうになった…
(オ、オレのプチハーレム計画が…なんだよ。この状況は…
オレはただ単に、綺麗なナイスバディのお姉さん、特に不老長寿で若さの衰えないエルフのお姉さんとお近づきになりたかっただけなんだぞ!それが…)
クレスは自棄になり半ば逆切れの様に言い募った。
「そ、そんな簡単に結婚相手を決めるなよ。
こんな手続きだと結構簡単にサアシアの相手が決まってしまうぞ」
それに対してサアシアはこう返答した。
「それは大丈夫なの。
この棺に触れられて反応させるには、厳しい条件をクリアしないとダメになっているの」
「厳しい条件?」
「そうなの。その条件は、出自がロストロイヤル、男性、人族かエルフ族、天使族であること。そういう条件設定があったの」
サアシアは話を続けた。
「サアシアも同様にエルフのロストロイヤルなの。
だからこのレベルの条件設定はしていたの」
「ロストロイヤル?エルフの?」
「そうなの。だから、クレスが旦那様でも問題ないの」
(それにもう一つの隠し条件設定してあったけど、クレスはクリアしてくれたから不満はないの♪)
サアシアは一瞬俯くも口元を弧の字にしてニンマリと満足気な笑みを浮かべたのだが、クレスは見落としたのであった…
「し、然し、なんだって“一夫一妻制”とか死んでも再婚できないとかの条件設定なんかしたんだよ。
仮にも王族の一員だったんだろ?だったら血筋の継承・維持は重要だろうに?
だったらなんで、それに反するような設定をつけたんだよ?」
サアシアはこう言葉を切り出した。
「かつて、エルフ族の王が沢山の側室を持ったの。
確かに、一族は増えたの。
でも、その結果王族内部は元より、貴族なども巻き込んで、王位継承の争いによる暗殺、ひいては内覧にまで発展してしまったの。
内乱終結後はその自省の思いまら、王族は一夫一妻制になったの」
「だったら、死んでも再婚禁止の設定は?」
「内乱寸前の王宮内では、邪魔な正室を暗殺して後妻を送り込むことが流行ったの。
だからその反省の点からなの」
「かああ~~」
クレスはその説明を聞いて、それなりに一理ある設定とも考えられたので、思わず反論できずにため息をついていた。
クレスは最後の神頼み?!とばかりにご隠居に話を振って聞いてみた。
「ご隠居!どうにかならないか?」
するといままで見えなかったご隠居が“ス~~”とクレスとサアシアの目の前に具現化した。
「フォフォフォ。そうじゃのう」
笑いながら出現したご隠居を一瞬びっくりした表情を浮かべたサアシアではあったが、すぐに驚きの表情は消えて、言葉を放った。
「誰なの?」
「ワシは裁きの精霊じゃよ。クレスはワシの事を“ご隠居”と呼んでおるがのう。フォフォ」
「オレからも紹介する。
このオレ達の目の前にプカプカ浮いているのが“裁きの精霊“との事。普段は他人には見えなくてオレだけが見えて、オレとは潜在意識下で共有している。
オレとは念話で話す事も出来る仲だな。
オレは”ご隠居“の愛称で呼んでいるな♪」
「フォフォ。嬢ちゃんもワシの事は好きに呼べば良いのう」
サアシアは“裁きの精霊”と言う文言を聞いたときに“ピクッ”と一瞬体を震わせた様であった。
然し、何事もなかった様に話始めた。
「サアシアと言うの。
サアシアの事はサアシアとでも愛称のシアとでも好きに呼んで良いの。
裁きの精霊の事は“じいちゃん”と呼ぶ事にしたいの?いい?」
と、サアシアはそう聞いてきた。
「フォフォ。大丈夫じゃ。ではワシの事はじいちゃんと呼ぶが良かろう。
ワシも嬢ちゃんかシアと呼ぶ事にするかのう」
「分かったの」
ご隠居と話していたサアシアは“くるっ”とクレスの方を向くとクレスに話しかけた。
「サアシアの事はサアシアか愛称のシアと呼んで欲しいの。
旦那様の事はクレスと呼びたいの?良い?」と“コテン”と首を傾げた。
“うぐっ”
クレスは少し顔を赤らめて言葉に詰まった。
(こ、この子、もしかして計算してこの仕草をしているのか?だとしたらあざと過ぎるぞ…)
「ま、まあここを出るまでお互いの名前を呼ぶ際の呼称を決めておくのは悪い話ではない。別にOKだぜ。
た、但し、オレは婚姻を認めた訳じゃない。だからクレスと呼ぶのならOKだ!」
クレスは危うく、“だんな様”と言う呼称を受け入れて仕舞いかねない、やり取りから辛うじて抜け出せた。
「そ、そうそう、その旦那様とかの話って何か可笑しいだろ?な?な?」
とクレスはサアシアとご隠居に同意を求めた。




