4、ダンジョンと生活圏
「クレスの懸念も最もじゃ。
連中もその点は考慮しておった。
その回避手段として、暗黒神側は一種の“安全圏”を構築したのじゃ」
「安全圏?」
「そうじゃ。
大体その安全圏の拠点を基軸にして半径1キロ以内は以前と同様に豊かな自然が残るように設定してあったのじゃ。
で、暗黒神側の種族は速やかにその拠点を確保した。
ただ、一見するとその安全圏の拠点の中核は、なかなか見つけづらくての。
光りの女神側は当初は全く確保できなかったのじゃ。」
「ご隠居。その拠点って一体なんなんだよ?」
するとご隠居は力なく首を左右に2度ほど振って答えた。
「ダンジョンじゃよ。ダンジョンの核。ダンジョンコアとも呼ばれておるの」
「ダンジョンコア?」
「そうじゃ。
ダンジョンコアとは、そのダンジョンを支配するために必要不可欠なアイテムなのじゃよ。ダンジョンコアの支配者・マスターと認められたら、基本的にそのダンジョンの中心から半径1キロの範囲の自然環境をある程度コントロールできるようになるのじゃよ。
いわば、その支配者権限によって、ダンジョン周辺の自然環境を操って、最低限の食料を確保したのが暗黒神側の種族だったのじゃよ」
「然し、だからと言って直ちに戦局がガタガタに崩壊するには早すぎると思うのはオレの気のせいか?
ダンジョンコア確保のスタートダッシュが遅れたにしたって。
光りの女神側には人族の他に天使族もいたんだろう?だったら…」
「ダメだったんじゃ」
「ん?何が?」
「だから、大規模魔法“自然呪い”のせいで天使族はダンジョンに入場できなくなっておったのじゃ」
「なっ」
ご隠居は話を続けた。
「結果、ダンジョンには光の女神側からは人族しか入場できなったのじゃよ。
そしてダンジョンは基本的な攻略スタンスは大規模戦闘ではなくて少数精鋭じゃ」
「一方の人族の優位性は大人数・人口の多さが要となっておる。
その優位性をもって、戦争でも暗黒神側の軍勢に伍してきたのじゃ。
翻っての暗黒神側の種族は一体当たりの戦闘力が人族よりも大きいのじゃ。
特に、高位種族の悪魔族やドラゴン族ともなれば、人族との彼我の差は歴然じゃ。」
その話を聞いていたクレスは、
「つまり、……それってえ…」
「クレスの推察通り、ダンジョンの攻略速度が段違いであったのじゃよ。
ダンジョンの中は様々な妨害がある。
ただ、その最たるモノはダンジョンのモンスターなのじゃよ。
一体当たりの戦闘力で劣る人族といわば一騎当千揃いの暗黒神側の種族とのダンジョン攻略競争だったが、結果は…」
「あとは、推して知るべしじゃな…。
多くのダンジョンは暗黒神側の種族が確保していった。
逆に人族は殆どダンジョンを確保できなかった。
暗黒神側の種族は、人口が人族より圧倒的に少ないから確保すべき食料も少なくて済む。
一方の人族は、食料源を絶たれて…あっという間に軍勢は崩壊していったのじゃ」
「それにのう。
ダンジョンの機能についてもう一点説明するとダンジョンの効果範囲、半径1キロの中は自然のモンスターや悪意ある侵入者に対する防御結界も同時に発動しておるじゃよ。
加えてその範囲内ではダンジョンマスターの決めたルールは絶対なのじゃよ。」
「防御結界?ルール?」
「防御結界とは、例えば住民を傷つけようと悪意を持った自然のモンスターが村のそばに接近してきても、防御結界に阻まれて侵入できないのじゃよ。」
「へえ、それって凄いなあ」
「ただ、防御結界の性能以上の攻撃を受ければ、突破されてしまうのじゃ。
例えば、悪意を持ったドラゴンなどが防御結界を攻撃すれば、普通の村程度の防御結界では強引に突破可能であろうのう。
一方、自然の熊や狼程度であれば容易に侵入を阻むであろうのう」
「なるほどなあ。じゃあ次の質問、ダンジョンマスターのルールっていうのは何なんだよ」
「ダンジョンマスターの決めたルール。
通称ダンジョンルールというのだが、文字通り、支配者たるダンジョンマスターが支配地域のルールを定めたモノじゃよ」
「例えば…農作物の年貢の割合、村や町での税負担の中身や割合、入村税、治安内容、ダンジョン入場料、などじゃな。
果ては、支配地域内の自然の恵みのコントロールまである程度できるのじゃよ」
「はあ?自然の恵みのコントロールぅ?」
「そうじゃ。
例えば、井戸水や村の農地に利用されている川の水量のコントロール、森の恵みの木の実や山菜の育成のコントロール、山で採取可能な鉱物資源のコントロールなど色々と自然に影響を与えられるのじゃよ」
「なにそれ?それって殆ど絶対的な支配者じゃないか!」
「その通りじゃよ。
じゃからダンジョンマスターの決定は絶対じゃ。嫌なら出ていけと言われるのがオチじゃからのう…。
ただまあ、さすがに問答無用で殺されるなどは幾らダンジョンマスターと言えど、不可能となっておるのう。
或いは、同じ肩書を有するダンジョンマスターに対してはむやみやたらと高圧的には出ないように自制しているようであるのう。」
「と言うと?」
「相手もダンジョンマスターと言うことは互角以上の実力を有している可能性があるからのう。
それこそ“藪蛇“になる可能性があるからじゃ。
それに相手がダンジョンマスター以外でも対抗できる場合もあるしのう。」
「それって例えば?」
「まあまあ、そんなに慌てる必要もなかろう。
実際に転生してから現場に即して説明したほうが何かと分かり易いことでもあるからの。だからそのときにでも改めて説明したほうが良かろうのう。フォフォ」
「そうかあ、なるほどなあ…。
じゃあ話を戻すけど、それじゃあダンジョンダスター以外のその他の連中はどうすればいいんだよ」
「二つに一つじゃよ。
嫌なら出ていくか。
我慢して受けれるかの二択じゃよ。
じゃが、出ていくのもある意味、決死の覚悟が必要なのじゃよ」
「うん?それって?」
「先ほども言ったじゃろう。
村の外の自然は極めて過酷な環境なのじゃよ。
殆どが荒野・砂漠・凍土などの厳しい自然環境なのじゃ。
加えて隣の村や町に行くにしても大概は遠方に位置する。
旅支度するにしても移動するにしてもそれ相応に準備が必要なのじゃ」
「まあなかには特別な方法で村と村の間の道路を比較的安全に確保している場所もあるにはあるが、それはまた別の話じゃ。
例外と言えるじゃろうのう。
じゃから、村から出ていくというのは相当な覚悟も準備が必要なのじゃよ。
ただ中には良心的なダンジョンマスターもいるからそういう土地では比較的穏やかに暮らせているようじゃ。」
ご隠居は話を続けた。
「そして、ダンジョンマスターの支配地域内の村などでは自然環境が穏やかだから、最低限凍死したり、渇水死する危険は回避できる。
また、支配地域内の最低限の治安も確保されているから同じ村人やよそ者からのいわゆる犯罪からは、最低限の危害からは保護されるはずじゃのう。
ただ、ダンジョンマスターにとって都合の良い治安のルール・要するに刑法上の法律や民法上の法律が往々にしてあると思うが、そこは村から出ていくリスクとの兼ね合いとなろうのう…。
ただ、人族の場合は……」
そういうとご隠居は顔を顰めた。
「おいおい。話を途中で切るなよ。特に、“人族の場合は…“って気になる文言で切るなよ。」
「つまりじゃ。
1200年前の大戦の結果の敗者は人族だ。
一方の勝者は暗黒神側の種族なのじゃよ。
要するに未だに人族に対する差別や虐げる状況は少なからず続いておるのじゃよ。
人族の優位性は一言で言うと人口の多さなのじゃ。
そしてそれを支えるのが多くの食料であり、ひいては食料を大量生産できる農地なのじゃよ。
だったら、その優位性を潰せば良いと判断しておるのじゃ。
ダンジョンの安全支配地域外に追いやり、人口増加を阻む。
そうすれば、あとはおのずと人族の衰退は必至と判断したのであろうのう…。」
クレスはその話を聞いて、むなくそ悪そうな表情を浮かべつつ言葉を綴った。
「だったら、何で、少数とは言え人族が暗黒神側の種族が支配している村や町にいるんだ?」
「それは多少なりとも、メリットがあるのじゃ。」
「メリット?」
「そうじゃ。
代表的な一例として挙げるとすれば、回復魔法じゃのう。
人族は光りの女神を信仰しておるから、信仰の強さと修練の度合いによって、強力な回復魔法を習得できるのじゃよ。
暗黒神への信仰や中立神への信仰では中程度までの回復魔法は習得できても強力な高位の回復魔法は習得できないからのう…。
じゃから人族で高位の回復魔法の使い手を使役しておるのじゃよ。」
「強力な回復魔法か…、なるほど…」