23、ご隠居の”姿隠し”
「ま、まずい。こいつ仲間を呼びやがった。」
「クレスよ、これはちとまずいのう」
ご隠居の言う通りであった。
瀕死の状態であった狼は最後のひと鳴きだったのであろう。
既にこと切れていた。
然し、遠吠えを聞いた狼の群れがクレス目掛けてやってきている事が分かった。
「やべえ~。これは逃げるしかない!」
「クレスよ、さっさと村へ戻るのじゃ」
クレスは大急ぎで脱兎の如く走り始めた。
“ウオンウオンウオ~~ン”
狼の威嚇する鳴き声がクレスの背後から聞こえてきている。
「やっべえ~、ぜってえやべ~~って、ハアハア」
クレスは必死に砂漠を全力疾走していた。
“ウオンウオン~~、ガルルル~~”
狼達の生々しい唸り声がとうとうクレスの耳にまで聞こえる距離まで迫ってきていた。
チラリとクレスは背後を振り返って見た。
すると狼が10数頭も背後に迫ってきていた。
「勘弁してくれ~。勝てっこないだろう~~(汗)」
村の結界まではまだ500メートルほどありそうであった。
ここ危機的状況についに、ご隠居は動いた。
『仕方あるまい。クレスよ止まるのじゃ。』
『おい。ご隠居。この非常時に何を言っているんだ。』
『非常時だからじゃ。ここはワシを信じて止まって静かにしておるのじゃ』
『くっそう。
何だか分からないが、言う言う通りにしてやるよ。死んだら化けて出てやるからなあ~!』
そういうや、クレスは立ち止まった。
そして、間を置かずにご隠居は、低く然し重く掛け声をかけた。
『ヌン!!』
『クレスよ、このまま静かにしておるのじゃ』
クレスはおそるおそる辺りの様子を見渡した。
すると、狼の群れは何かを探す様に、辺りを懸命にうろついている。
“ガルルルル~~”
“グルル~”
どうやら、クレスを見失って探しているようである。
『おい。ご隠居。これって一体どういう事なんだよ?』
『これは、ワシの“姿隠し”をクレスにまで拡大して及ぼしているのじゃよ』
『姿隠しって、……以前、15年前の三途の川で教えて実演してくれた、アレかよ?』
『そうじゃ。
ただこれは他人までもその効果を拡大するのはかなり大変でのう。
滅多な事では使えんのじゃよ』
狼の群れはやっきになってクレスを探していたが、見つけられないと判断したのかリーダー格の狼が、一声“アオ~~ン”と遠吠えをしたかと思うと名残惜しそうにその場から、足しげく立ち去って行った。
やがて、姿隠しの効果時間が切れたかの様にクレスの姿が現れ始めた。
「ふう。助かったぜ、ご隠居。今回ばかりは死んだかと思ったよ。」
「気にせんでもいい。
クレスが小さい頃にも何度かこういう危機に陥った事があった。
人族ゆえの差別が原因であったのう。
その場合に、やはり今回の様に緊急事態として、姿隠しを使った事があるのじゃよ。
ただ、この姿隠しは他人の為に一度使用すると1か月は使えなくなるのじゃよ。」
「一か月も使用禁止?」
クレスは驚いて問い返した。
「そうじゃ。
それ故にどうしても、よんどころ無い状況の場合にのみ使う、いわば切り札なのじゃよ。」
「そうかあ…ご隠居には知らず知らずの間に世話になっていたんだなあ。
ありがとうよ。ご隠居」
「なに、気にするでない。フォフォ」
「だけど、今日はもう狩りを続ける気分じゃない。家に帰って休む事にする」
「それが良かろう。フォフォ」
クレスはその場を後にして村へと帰って行った。




