研究所の門
研究所に向かう途中、大通りの様子を建物との隙間から見ることができたが、人でびっしり埋め尽くされていた。限定された場所しか見ていないが、昼間の時と変わらない印象を受ける。しかも、俺たちが向かっている方向とは逆方向にゆっくり歩いている。
「王都の人たち、野次馬根性凄すぎだろ。明らかにおかしいこの状況で家から出るか、普通?」
宿から出て、とりあえずギルドマスターに会いに行こうとしてる俺たちも大概だが、冒険者と一般人は危険に対する意識が違うはずだ。
歩き方もゆっくりだし、まさか操られてるとか? でも、あんな大人数を一気に操れるとは思えない。
「少なくても王都の人たちは娯楽に飢えてる、という感じじゃないわよね。……え?」
「どうかしたのか、アルミラ?」
「歩いている人も魔力が漏れ出てるのは、さっきから感じてたんだけど。流れっていうのかな。漏れ出た魔力がどこかに集められているような感覚がするのよ」
「流れ? 魔力がどこに向かって集められてるかわかるか?」
「何となくの方角だけど、たぶん研究所」
隣を歩いてるアルミラから得た情報で確信した。
「つまり、研究所に行けば全てがわかるんだな」
研究所が怪しい。考えられる可能性としては、エリーサたちの組織の幹部が研究員に紛れていて、イヴァンさんとつながりがあった。そして、下っ端のミスを知ってしまったことで計画を早めた?
つながりがあったのは警察では無く、ギルド側だったのか!? 迂闊だった。
「宿の時にも思いましたけど、アルミラは他人の魔力を感じることができるんですね。魔力が漏れ出ていることに誰よりも早く気づいてましたし」
「私もここまではっきりと感じるのは初めてよ。普段は自分の魔力くらいしか感知できないし、今回は流れもあったからわかりやすかっただけ」
後ろを歩いているアルマがアルミラに対して、そんなことを言っていた。
他人の魔力を感知するのは魔術師なら、誰でもできるもんだと思っていたが違うのか。
「アルミラもどんどん人間離れしていってる気がしますね。一人は筋力、一人は魔力の制御ですか」
「やめてよ、ミリカ。私とソウイチを同列に扱わないで」
隣と後ろから失礼な声が聞こえる。
「あんたたちねえ。ここは治安が悪いって言ったでしょ。もっと、静かに歩きなさいよ!」
注意するときも静かにした方が良いと思いますよ?
「治安が悪いと言ってたエリーサさん。何か言いたいことはありますか?」
「ぐ、偶然でしょ。いつもだって、二、三人に絡まれるくらいだし」
何事も無く研究所の前に着いてしまったので、治安が悪いと言っていたエリーサをからかうことにした。
さて、ここからどう入ったものか……前回来た時は門番がいたはずなんだが。
研究所の門は開けっ放しになっているが、警護をしているであろう門番の姿は見えない。
「アルミラ、魔力は確かにここに流れてきてるんだよな?」
「ええ、そうね。研究所の奥の方に集まってる気がするわ」
非常事態とはいえ、無断で研究所に入るのは躊躇われる。こう、日本の価値観的に不法侵入にならないか不安になるのだ。魔力が集まってるから、なんていう理由でも良いかもしれないが、もう少し具体的に入れる口実が欲しい。
「ねえ、入らないの? ここが原因なんでしょ?」
俺が悩んでいると能天気な発言が聞こえてきた。
正当な理由があれば、不法侵入にはならなかったよな。こいつらに先に門を通ってもらって、不審者が入ったから追いかけたというのはどうだろう。今までのことからこいつらは有罪だろうし、もう少しくらい罪が増えても問題ないと思う。
「なあ、お前ら三人が先に門を通ってくれないか?」
「はあ? ……あ、わかった。あんたもしかして、私たちで異常が無いか確かめようとしてるのね。そんなのお断りよ!」
そんなことは思ってなかったのだが、変に勘違いされてしまった。
「あの、ソウイチ。見たところ、門には何も仕掛けは施されていませんので、心配は無用ですよ?」
「……ありがとう」
アルマが異常の無いことを教えてくれたので、理由なんて考えずに入ってしまおう。開いてる方が悪いのだ。
いざ入ろうとしていると、研究所から走ってくる人影を発見した。本館と門は多少離れているが、誰かがいるというのを認識できる距離だ。きっと、門にいる俺たちに気づいたんだろう。
ちょうどいいタイミングだ。まだ、侵入してないから罪になることもない。……あ、敵の可能性もあるのか。
「これって、敵に気づかれたのかしら?」
走ってくる人影はどうやら一人ではないようだ。先頭を一人とそれを追うように三人が門に向かって走っている。
「た、助けてくださいーーーーーー!!」
その先頭を走っているであろう女性の悲鳴が聞こえ……この声は、リカさん?!
ただ事ではないと感じ取った俺は、その声を聞くと同時に駆けだした。
彼我の距離を瞬時に詰め、リカさんを庇う立ち位置になる。
「ソ、ソウイチさん?!」
突然目の前に現れた俺に、リカさんを追っていた三人の男たちは動揺もせず、無言で組み付いてきた。
「こういう時ってお前は誰だ、的な感じの会話が繰り広げられるんじゃないですかね?!」
生身の人間相手に馬鹿力を出すと大変なことになるため、下手に殴ることができない。二人を後ろ手に取り拘束することはできたが、三人目は無理だった。俺に組み付いて地面に押し倒そうと考えたのだろうが。
「誰得なんだよ、この状況」
最後の三人目の男には、抱き着かれた感じになってしまった。組み伏せられないのなら、殴れば良いと思うんだが、ずっと同じ行動を繰り返している。もやしとまでは言わないが、そんなに体が大きくないんだから、無理はするなと言いたい。
「……何なんですか? この状況」
「男同士で組み合っている姿って、気持ち悪いわね」
見てないで、助けをはよう。




