裏道
「……こうなるかな、とは思っていた」
地理に詳しくない俺たちが、裏道を走って研究所まで行けるわけがない。大通りに沿って行くのですら苦労していたのだから、迷子になるのも当然の結果である。
歩いてきた道は分かるが、ここからどうやって研究所に行けばいいのかが分からない。宿に一度戻って、時間はかかるかもしれないが昼間と同じ道を通った方がいいかもしれない。
いくらあの光で辺りが照らされていたとしても、夜であることに変わりはない。薄暗い道はそれだけでも感覚を鈍らせる。安易に考えすぎていたことを後悔していると。
「ちょっと、まさか道に迷ったなんて言わないわよね?」
宿から後ろを着いてきたエリーサが不安げに尋ねてきた。
「立ち止まってる様子から、察してくれ」
「最悪なんですけど! こんな薄暗い道で迷うとか考えらんない! 頼もしそうだったから、一緒に行動してたのに、ありえない!」
勝手に着いてきた分際で、言いたい放題言いやがって。
ローブを頭から被っているため、表情は窺えないが声からして相当怒っているようだ。
「そういえば、あなたはこの王都で活動してましたよね。道くらいわかるんじゃないですか?」
「わかるわけないでしょ! 道とかはあいつらに任せてたんだから!」
あの時一緒にいた男連中か。こんなやつとチーム組まされて、よく平気だったな。
「あまり大声を出してるとまずいんじゃないの? 人畜無害なエリーサさん。治安が悪いんでしょ? ここは」
「うるっさいわね! その時はあなたたちが私を守りなさいよ。冒険者なら、一般人を守る義務があるはずよ!」
一般人を守る義務があろうが、犯罪者まで守る義務はないぞ。そもそも人っ子一人見当たらないし、襲われる心配よりもたどり着けない心配をした方が良さそうだ。
「逆に襲ってきて欲しいくらいだよな。こんなところをうろついているくらいなら、道にだって詳しいだろうし」
「不穏なこと言わないでよ! ちょっと強いからって慢心してると、痛い目に遭うわよ!」
うるさいと言う割には自分の声が大きいのを自覚していないのか、エリーサの声はこの道に響き渡っていた。
慢心した結果がこの状況だから、痛い目には合っているな。
「一応、聞いておきたいんだけど。この状況をどうにかする魔法とか、魔道具とかって無い?」
「難しいと思います。道案内してくれるような魔法はありませんし、今まで入り組んだ道を歩いたことがないのでそういう魔道具も持ってないんです」
アルマなら、もしかするとこの状況を打破してくれる便利アイテムを持ってるかなと思ったんだけど、頼りすぎていたかな。
魔法も便利だとは思っていたけど、できないこともあるんだな。
申し訳なさそうにしているアルマにこちらも考えが軽率だったと伝え、宿に戻ることを提案する。
「何しに裏道に来たのよ! 早速慢心してるじゃない!」
耳が痛い。
もうすぐで宿に戻れるといったところで、正面からローブを着た二人組の男が歩いてきた。大きい体であるため、こんな道で横に並ばれると俺たちの通るスペースがない。向こうもこちらに気づいたようで、道を開けてくれるかと思いきや。
「まさか、こんなところで再び会うとはな! よくも痴漢に仕立て上げてくれたな!」
あ、こいつらもしかしてあの時の……。
俺を見るや否や、怒鳴ってきた男たちには見覚えがあった。黄色と黒色のローブをそれぞれ身に纏っている姿は、記憶に新しい。
仕方なかったとはいえ、冤罪をかけてしまったのには罪悪感があったので優しく声をかけることにした。
「お勤めご苦労様です!」
「「やかましいわ!!」」
相手は臨戦態勢ですぐさま殴りかかってきそうだ。向こうの顔は見えないが、さぞかし怒っていることだろう。
やっぱり、ご苦労様という言葉は気に食わなかったか。
「ちょっと! 今はそんなことしてる場合じゃないでしょ! あんたたちが今まで何してたのか、後でとっちめてやるとして、道案内しなさい!」
突然のエリーサの声にぎょっと驚いたかと思うと、
「姐さん、なんでそいつらと行動を共にしてるんすか?!」
「細かいことは道中で聞いてあげるから、早く私たちを研究所まで案内して。なるべく、人が少ないところを選んで」
自分たちの上司? に当たる人物が俺たちと行動していることに疑問を持ったようだが、雰囲気を察したのか素直に従う様子だ。臨戦態勢を解き、俺たちの方に歩み寄ってくることからエリーサのことを随分と信頼しているのがわかる。
エリーサと一緒に行動していたおかげで、ナビをゲットした。思わぬところで役に立ったな。
「ねえ、あの二人組って、もしかしなくてもエリーサの仲間よね?」
「そうだな、エリーサと行動を共にしていた男たちだ。危うく襲われかけたから、痴漢の容疑者として警察に引き渡したんだ」
「「俺たちは痴漢じゃねー!」」
「良いから、さっさと道案内しなさい」
抗議している男たちに容赦無く言葉をかけるエリーサ。
こいつの下でだけは、絶対に働きたくないな。




