異変
エリーサの三文芝居を白けた感じで見ていると、突然異変が起きた。
すっかり夜のとばりが降りているにも関わらず、昼間と遜色ないと思わせるほどの明るさが窓から部屋の中に、地震でも起きたかのような振動と共に飛び込んできた。
王都に来たばかりであり、異世界の都会を知らない俺だが、これは明らかにおかしいと感じる。すぐに窓の方に駆け寄り、外を確かめる。
窓に駆け寄った俺たちはその異様な光景に驚く。
「な、何だ、あの光の柱?!」
この宿よりも遠いが、王都のあちこちから空に向けて太い円柱のような光が走っている。
王都でこんな祭りがあるとは聞いてないし、何よりもあの光の柱から不穏な気配を感じた。
異変はそれだけにとどまらず。
「体から、何かが漏れ出てる? これは……魔力?!」
アルミラが驚いたように自分の身体を観察し、気味が悪いとでもいうように手で体を押さえだした。その姿は、少しでも魔力を外に逃がさないようにしようと必死な感じだ。
アルミラの言葉を受け、アルマがこの部屋から飛び出していった。
「自室から魔道具を取ってきます!」
そんな言葉を残して。
一体、何が起きたんだ!?
いや、今はパニックになっているわけにはいかない。ここは、冷静に状況を分析して……。
「ソ、ソウイチ。これはどういうことなんでしょう?! アルミラが蹲ってしまいましたよ!!」
「お、落ち着け! 何が起こっているのかわからないけど、一旦冷静になろう」
人が慌てている姿を見ると、自分自身が落ち着くのって本当だったんだな。
「アルミラ、大丈夫か?」
とりあえずは、アルミラの容態を確認しなければ。
「え、ええ、何とかね。自分の身体から魔力が漏れ出ていくなんて体験したことがなかったから、気分が優れないだけよ」
「べッドで横になった方が良いんじゃないか?」
「平気よ。それに、そんなこともしてられないと思うわよ」
顔色が悪く、なんとか立ち上がるもふらついているようだ。ミリカと2人で肩を貸してやると、アルミラが窓際で呆然と外の光景を眺めているエリーサを睨む。
「これは、あんたたちの組織がやっているの?」
「わ、わからないわよ。こんなことは知らされてないんだから!」
顔色を変えて狼狽している姿は、さすがに演技だとは思いたくない。それにもし、こんな計画を知らされていたら、記憶を覗いた段階でアルマが気づくだろう。
「……本当のようね。あなたからも魔力が外に漏れ出ていくのを感じるわ」
「そ、そんな!!」
アルミラの言葉にすぐさま、自分の身体を抱くように腕を動かし、震えている。
魔力が漏れ出ていくのは、そこまで危険視するほどのことなのか?
「ソウイチは魔法を使ったことが無いようなので、簡単に説明しますよ。魔力とは私たち生命の源とも言われているものなんです。生きていくのにも必要なものなので、完全に枯渇すると人は死にます。私が前に説明した時、空になるという表現をしましたが、あれはあくまで魔法を使うのに必要な魔力がということです」
「……マジか」
俺が疑問に思っていたのを察してくれたのか、ミリカが説明してくれた。
「現に私が魔力欠乏症に陥った時は、気を失って倒れていたじゃないですか。気力を失ったからという理由もありますが、魔力を失った反動が大きかったのも原因ですね」
「そんな危ない状態だったのかよ!」
魔法を撃つたびに命の危険にさらされていたとか正気か、こいつは! そうまでして、魔法を使うことにこだわる理由って……。
ミリカのことは後で聞くとして、今の状況はかなり危ない気がする。魔力が身体から漏れているのは俺たちだけじゃないはず、王都に住んでいる人たちも危ないんじゃないか?
「今、わかったんだけど、ソウイチとミリカからは魔力が漏れ出ている感じがしないわ。それだけは救いね」
俺とミリカだけ、魔力が漏れ出ていない? それは、どういう……。
「みなさん! 魔力を抑える魔道具を持ってきましたよ!」
アルマが自室から戻ってきたようで部屋に入ってくるなり、俺たちにエルストの鍛冶屋で買っていたと思われる腕輪を渡してきた。
腕輪はアルマがつけているものを合わせて4つ、ちょうどだ。まさかとは思うが、この展開を予想していたのだろうか。
「本当は魔力制御の練習をするために作っておいたんですが、こんなところで役に立つ日がくるとは思ってませんでした。腕につければ、魔力の放出を防げますから、早く」
だよね、こんな展開は想定できないよね。
「ありがとう、アルマ。魔力の漏れ出ていく感じが無くなったわ」
腕輪をつけると、さっきよりは元気になったアルミラがお礼を言っていた。
「私にもその腕輪貸して!」
この女は……。
俺たちの様子を観察していたのか、腕輪を貸せと掴みかかってきた。
こいつの神経の太さを見てみたい。
「俺は魔力が漏れ出てないようだから、渡してやる。ただし、敵対しないと誓え」
「誓います。誓います。だから、早くその腕輪を!」
もう、面倒くさくなった俺は腕輪をエリーサに渡した。
あれ、さっきまでしていた匂いを感じない? ……まあ、いいや。そんなことは後回しだ。
「悪いな、せっかく用意してくれたものだったけど、こいつに渡すことにした」
「ソウイチは大丈夫なんですか? 抜け出ているような感覚はしないんですか?」
「大丈夫だよ。アルミラの話によると、俺とミリカはそんなことになっていないってさ」
心配してくれるアルマに大丈夫だと伝える。ミリカは魔術師だからか、もしもの時に備えて腕輪をつけることにしたようだ。
まあ、魔力が無くなったら何も出来なくなるし、心配するのはわかる。
「とりあえず、これで魔力欠乏症になることは無くなったわね。これから、どうする? 外に出て冒険者ギルドにでも行ってみる?」
「この状態で外に出るのは危険だと思います。さっき、部屋の外に出たんですけど、光の柱が見えてから他の宿泊客が騒がしくなってました。きっと、冒険者ギルドも混乱してるはずですよ」
確かに外から騒がしい声が聞こえてくる。
でも、だからといってここで待っててもこの騒動が収まるとも限らないよな。最悪、もっとひどいことになりそうだし。
「エリーサさんの組織が無関係とも思えません。何か、知らないんですか?」
「だから、知らないって言ってるでしょ!」
アルマの質問にさっきも同じことを聞かれたからか、苛立ってる様子のエリーサが答えた。
使えないし、放っておこう。
「……研究所」
「研究所がどうしたの、ミリカ?」
「研究所に行ってみませんか? さっき、ギルドマスターは用事があると言ってましたが、手に魔導書を持って行きました。そして、知人に聞いてみるとも……。明日の朝にこの部屋に来るなら、その時に魔導書を持っていけば良いと思うんです。もしかしたら、ギルドマスターは研究所に用事があって、そのついでに魔導書のことも聞こうとしたんじゃないですか?」
「確かにそんな気がするわね。研究所に行ってみましょう」
ミリカの推測に対して、俺たちは頷き合う。
このままいても解決しないだろうし、行動あるのみだ。
窓の外を見ると、野次馬根性がすごい王都民が騒いでいる。あれをどうにか切り抜けないといけないが。
「大通りが駄目なら、裏道とか使えないか? 道は狭くても、そんなに人はいないだろう」
俺の提案にみんなが賛成してくれた。
比較的、人通りが少ないであろう裏道を通って、研究所に向かうことに。
「えー、裏通りとか治安悪くて、人畜無害である私にはとても怖く感じるんだけど!」
着いてくる気満々のエリーサはそんなことを言ってるが、無視する。




