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記憶を探る

「魔導書は僕が預からせてもらうとして、問題はこの女性だね。警察に引き渡すのが一番だと思うけど……今のところは状況証拠しかないから、取り合ってくれないだろうね。実害も出ていない様だし、他に証拠があれば別だけど」


 イヴァンさんの話は正論であり、この女性を裁くことはできないだろう。普通の人には精霊は見えないし、苦しめていたという事実はあってもそれが人に直接悪影響を及ぼしていたわけではない。


 そう考えると、あの男たちに関しては罪をでっち上げたとはいえ、いい仕事をした気がする。行き当たりばったりで行動してしまったが、結果オーライだろう。


「他に証拠は今のところありませんね。魔導書とルリちゃんの証言だけです」


「直接本人に聞ければ早いだろうけど、素直に白状するとも限らないしな」


 まあ、起きれば俺の秘策で一発だろうけどな。

 

 ベッドの上には、規則正しく寝息を立てて眠っている獣人の女性。服の上からでもわかる膨らみが上下しているのは、とても眼福である。


「スタンの魔法を使ったのなら、まだ起きないだろうね。本人に直接聞きたいことがあるんだけど、僕この後用事があるんだよ。というわけで、要注意人物の監視は君たちに任せるよ。魔王の幹部を倒した実力者と見込んで頼むんだから、よろしくね。あ、あとこの宿で問題は起こさないでね。僕の監督不行き届きになっちゃうから。明日の朝にまたこの部屋を訪ねるよ」


 一方的にまくし立てたイヴァンさんは、足早に部屋から出て行った。その姿は何かを思い出したのか、どこか焦っているように感じられた。


 用事があったのにも関わらず俺たちに話を聞いてきたのか、あの人は。いや、俺としては助かったから良いんだけど……。もしかして、さっきの従業員とのやり取りは他の人からも注目を集めてしまっていたのだろうか。


「いきなり早口で喋ったと思ったら、すぐに出て行っちゃったわね……」


「ギルドマスターという役職上、忙しいんだろう」


 扉付近にいたアルミラは、突然立ち上がり急いで部屋から出ていったイヴァンさんに驚いていた。

 

 さて、イヴァンさんが居なくなったことだし、みんなにさっきの方法を提案してみるか。


「なあ、さっきの証拠の話だけど、良い方法があるんだ」

 

「良い方法? アルマに記憶を覗いてもらうことですか?」


 ……あ、そうか。その方法があったか。初めて会った時も俺の記憶を見るとか言ってたしな。


 アルマが作った魔導書に秘密を書かせた後、アルミラに開いてもらおうとか考えていたけど、そっちの方が早いな。そもそも心の中に秘密を浮かべないと意味ないし、質問したからといって必ずしも心の中に浮かべるとは限らない。


 良かった。ミリカが先に言ってくれて。


「そ、そうなんだよ。ミリカもそう思っていたのか、さすがだな」


「私を誰だと思っているんですか? そのくらい簡単に推測できますよ。さっき、この話題を出さなかったのは、ギルドマスターがいたからですよね。記憶を覗く魔法が国で禁止されていることをソウイチも知ってたみたいですね」


 へー、国で禁止されている魔法だったのか。……当たり前か。記憶を覗くなんて、プライバシーの侵害だもんな。


 ミリカは俺が知っているとは思ってなかったのか、感心している様子だ。


 本当は知らなかったけど、知っていたということにしておこう。


「そ、それで、アルマ。今できそうか?」


「はい、可能ですよ。この魔法は対象が意識を失っている時でないと発動できないので、ちょうど良い瞬間です」


 アルマはベッドで寝ている女性の隣に立つと、詠唱を開始した。


 おお、何気に異世界に来て初めて聞くな。……あ、あの森でも聞いたっけ。


 おっさんが唱えているとこっちまで恥ずかしくなってくるが、美女が唱えていると様になっている。しかも、ダークエルフというファンタジー世界の住人が詠唱しているのだ。違和感があるわけが無い。


「――彼の者の記憶を……、フォロー・ザ・メモリー!」


 魔法名を言った瞬間、アルマが崩れ落ちた。


「お、おい、アルマ?」


 いきなり意識を失ったかのように倒れたアルマが心配になり、近寄ろうとして。


「駄目です、ソウイチ! この魔法の発動中は他の人が術者に触ってはいけません。術者の意識が戻る前に触ってしまうと大変なことになります!」


 ミリカの制止の声に止められた。


「この魔法は術者の意識を対象の人や物に移して、記憶を見るというものです。つまり、意識の通り道が2人の間に繋がれている状態なので、下手に触ってしまうとその通り道が切れてしまう可能性があります。そして、その道が切れてしまったら復元する方法はありません」


 あ、危なかった。あと少しで、アルマの意識をこの女性に移したままにしてしまうところだったのか。


「そういえば、この魔法が禁止に指定されたのってある事件からだったわよね」


 アルミラは、部屋に備え付けられていた紅茶らしき飲み物をいつの間にいれていたのか、勝手に飲んでいた。


「ある事件?」


「私もギルドで話を聞いただけだから、詳しくは知らないけど。ある貴族様の体が乗っ取られたって話よ」


 そう言いながら、カップに入っている紅茶を飲む姿はまるで俺のイメージの中にいる貴族を彷彿とさせる。


 乗っ取るとか異世界では定番かもしれないけど、怖いな。


「魔法の効果中なら対象者が目覚めることは無いんだけど、通り道が切れると効果が消えるの。そうすると対象者が覚醒しようとするんだけど……」


「そこで、術者と対象者の意識が戦うわけか」


「そうね。それで勝った方が体の主導権を手に入れて、負けた方はそのまま消滅するらしいわ」


 よくある精神世界でのバトルか。胸熱な展開ではあるけど、やりたくはないな。


 プライバシーの侵害以前の問題だった。下手すると自分の命が危険に晒されるとか、怖すぎる。


 よくアルマはこの魔法を使えたな。それくらい、俺たちを信頼してるってことなのかもしれないが。


「ちなみに、この魔法ってどのくらい効果が続くんだ?」


「さあ、わかりませんね。お目当ての記憶が見つかれば良いんですけど、探すのに時間がかかるらしいですよ。アルマは私ほどでないにしろ、凄まじい魔力の持ち主ですからね。やろうと思えば1日は潜ってられるんじゃないですか? アルミラ、私にも紅茶ください」


 1日も待ってられないぞ。


「こちらからアルマに何か伝えることって、できないのか?」


「無理ですね」


 きっぱりと告げられた言葉に、俺たちは待ってることしかできないと悟った。


 俺も紅茶、もらおう。

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