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ギルド直営の宿

 俺たちが宿泊している宿は、一般人は泊まることができない冒険者専用の宿屋である。王都には色々な宿屋があるが、その中でも特に人気であり、冒険者しか泊まれないにも関わらずいつも満室で中々泊まることができないそうだ。


 設備が良い、清潔感がある、接客が丁寧とこの異世界では高水準の宿でもあるため、宿泊費用は高く、並みの冒険者では泊まることすらできない。


 そんな高い宿がなぜ人気なのか。


 一番の理由は、そのセキュリティの高さである。


 高い宿泊費を払ってでも安全を買うことができるのは、高ランクの冒険者としてはありがたいことだろう。


 高ランクになれば収入が多くなり、必然的に装備も高価なものになってくるわけで、それだけ盗難の被害にもあいやすいはずだ。人間である以上、ずっと気を張り続けるのは無理。どこかで休息は必要になってくる。


 その要望を叶えたのがこの宿、というわけだ。


 従業員は、24時間体制で勤務している。


 つまり、何が言いたいかというと。


「あなたが抱きかかえている女性の身分証明書の提示をお願いします」


 目の前にいるこの宿の従業員に呼び止められ、どう答えたものかと困っているのである。


 気絶した女性を運んでいる俺たちは不審に映ったのだろう、声をかけられてしまった。


「ど、どうしましょう。この状況は想定してませんでしたよ」


「……仕方ないな」


「何か秘策があるんですか?」


「任せておけ」


 従業員の人が目の前にいるため、声を出しての会話は危険と判断した俺たちは今のやり取りをアイコンタクトのみで済ませた。


「あー、こほん。この女性は俺たちの仲間なんですけど、見ての通り気を失っているんです。身分証明書はどこかにあると思うんですけど、無防備な女性の体を調べるわけにはいかないでしょう?」


 ミリカに視線をやると、力強く頷き返された。


 我ながら咄嗟によく出たものだ。


「でしたら、あなたのギルドカードをお見せいただけないでしょうか?」


「……俺のですか?」


「はい、仲間ということは同じパーティーメンバーなのでしょう? ギルドカードには、パーティー

メンバーの情報も登録されているんです。すぐに確認は終わりますので、お貸しいただきたいのですが……」


 ……これはまずい。どこまで細かく情報が登録されているのか分からないが、俺のパーティーメンバーはここにいるミリカを除いて、アルミラとアルマの2人。どちらも女性とはいえ、種族まで登録されていたらアウトだ。


 なんで、この女性は獣人なんだよ。


 フードで隠れていた時は良く分からなかったが、露わになった拍子に小さい獣耳が頭に付いていることに気づいた。


 フードを被せて運んでおけば……いやいや、それだともっと怪しい。


「お客様? ギルドカードの提示をお願いしたいのですが?」


 黙ってしまった俺に再度問いかけてくる従業員の男性。


 焦った俺は咄嗟に懐に手を入れ、とりあえずギルドカードは出してしまおうと考えていたのだが。


「その必要はないですよ」


 そんな言葉が背後から聞こえてきた。その声の方に向くと、グランデシャトーのギルドマスターであるイヴァンさんがいた。




「それで、これはどういうことなのか僕にも説明して欲しいな?」


 場所は俺が借りている部屋。アルミラとアルマはすでに帰っていたようで合流している。

 

 イヴァンさんが従業員の人に説明してくれたおかげで助かった。さすがはギルド直営の宿。ギルドマスターの言葉は、多大な影響力を持っているようだな。


 普通の人に精霊がどうのと説明しても理解されないどころか、より不審者になってしまう。だからこそ、あんなことを言ってしまったわけだが相手がギルドマスターなら問題ないだろう。


 昼間のルリちゃんから聞いたことや今までのことを説明した。


 ちなみに、確保してきた女性はベッドに寝かせている。アルミラが束縛魔法をかけているため、起きたとしても何もできないし、大声を出そうとしてもアルマの防音魔法で部屋を覆っているので外までは聞こえない。あの魔導書も近くには置いていないし、問題ない。


「そんなことが……。精霊を視ることができる目というのも驚きましたが、その精霊が苦しんでいるというのも初めて聞きました。宗教の演説というのも、今までに聞いた事がありませんね」


 すべてを話し終わった後には、難しい顔をしている人が2名。イヴァンさんとアルマだ。


「それに、この魔導書というのも気になります。僕は、こういうものは専門外なのでどういった効果があるのか、見当がつきません。ただ、人の記憶を書き換えるのが容易というだけでも強力なものであることはわかりますが……」


 持前の嘘を見抜く魔法があるイヴァンさんは、すぐに俺の言ったことが真実だとわかってくれたようだ。


 本当に便利だな、魔法って。


「こちらの魔導書だけど、僕に預けてもらえないかな? 研究所にいる知人がこういうのに詳しくてね。調べてもらおうと思うんだけど、どうかな?」


「アルマはどう思う?」


 俺たちが持っているよりはそちらの方が良いだろうと思うが、一応アルマに確認しておこう。魔導書を作れるほどの腕があるし、何かわかっているかもしれない。


 思案顔のアルマに聞くのは考えるのを邪魔してしまうかなと躊躇したが、何も分からない俺が判断するよりは良い。


「あ、はい。良いと思います。私も中身を見てみたんですが、よくわかりませんでしたので」


 アルマですらも分からないとは……。この魔導書、実はすごい代物なのかもしれない。


 魔導書はイヴァンさんに渡し、どういったものかわかったら教えて欲しいと頼んだ。


 関わった以上は知りたいしな。

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