正義
と、意気込んではみたものの別にそんなに労力はかからず無力化できた。
考えてみれば今まで魔王の幹部を相手にしていたし、アスト=ウィーザの剣の速度に比べたら全然大したことは無かった。
近づいて2人の男の腕を後ろ手に捻り上げただけだ。
「な、何者なのよ。あなたたちは?!」
あっけなく仲間が無力化されたことに驚いている様子の女性に向けて、格好つけた台詞を吐こうと口を開けようとしたのだが。
「スタン」
「ぐえっ……」
ミリカの魔法により、俺が何かを言う前に女性は気絶したように地面に倒れた。魔導書はページが開かれたままだったが、持ち主が意識を失うと同時に光は消えていった。
……後頭部を地面に強打したように見えたが、大丈夫なのだろうか。
「普通の魔法も使えるんだな」
「私を誰だと思っているんですか? 最上級魔法を無詠唱で扱えるんですよ? 初級魔法くらい簡単に扱えますよ。……前までは、これ1発放っただけで3日間魔力の回復がいりましたけど」
アルマの魔道具が如何に優秀なのかがわかるな。
「というか、俺がこいつらを無力化する必要はなかったんじゃないか?」
「スタンの魔法は、1人にしか使えないので一斉に掛かられていたら無理でしたよ。まあ、その場合は他の魔法を使うだけでしたが……」
魔法って便利だな。
「ぐ、貴様ら、我々の計画を邪魔するとは……後で後悔しても遅いぞ!」
黒のローブを着ている男からそんな三下みたいな台詞が……三下のようなものか、こいつらは。
大抵、こういうことをする輩というのは組織で動いているやつらだろう。
「あんたらは何の目的でこんなことしてたんだ?」
一応、理由を聞いてみるが返答は無く、黙秘を貫くようだ。
この街の警察に引き渡して終わり、というわけにもいかないよな。こういうのって、実はつながりがあって即釈放みたくなりそうだし。
ここで俺は閃いた。アルマの魔道具とアルミラのコンボで簡単に秘密を暴けるんじゃないかと。この街の警察とのつながりが無いこともそこで確認できるな。そのためには、宿まで連れて行かないといけない。
「なあ、こいつらにもスタンの魔法をかけられるか?」
「嫌です。貴重なあと2発をこんな奴らに使いたくありません」
「前とは違って1日寝れば全回復するんだから、別に良いじゃないか」
ミリカはそれでも使いたくないみたいで、顔をぷいっと横に背けた。
「もしかして、使いたくないんじゃなくて使えなかったりして……」
「!?」
からかい半分、挑発半分で言ったんだがどうやら使えないらしい。今までは1日に何回も使えることが無かったため、確かめられなかったようだが3発放てるようになったからか実験でもしたのだろう。
図星を突かれて肩を揺らし、悔しそうにこちらを見るミリカ。
俺にそんな視線を向けられても。
「って、周りがうるさいな。あ……」
「そういえば、魔導書の光が消えてますね。人を操る力でもあったんでしょうか。正気を取り戻した通行人たちがこちらに注目してますね」
これは喧嘩をしているとして警察を呼ばれるパターンだ。
どうにかしないとまずい、と考えていると。
「君、ちょっといいかい?」
俺たちの方にくるこの街の警察らしき人が2名。
この街の人たちの危機意識が高いのか、はたまたこの警察が優秀なのか。どちらにせよ、面倒くさいことになった。
俺がローブの男たちを後ろ手に捻り上げているのを喧嘩をしているとでも思ったのか、警察の人たちが仲裁に入ろうとしてくる。
考えろ。ここを難なく乗り切るには、どうしたら……?
「実は、この人たちあの女性を痴漢していたんです!」
倒れた拍子にフードが取れたのか顔が露わになっている女性に対してローブを、しかもフードまでしている大男2名。ここから導き出される答えは、これしかない!
俺はこの場にいる全員に聞こえるように、大声で叫んだ。
「「「え?」」」
重なる疑問の声。ざわめく野次馬たち。
「この男2人が、そこで倒れている俺たちの仲間である女性に痴漢をしていたんです。彼女は極度の男性恐怖症で、男に触られただけで気絶してしまうほどなんです。俺はそんな男たちから彼女を守ろうと、こうして取り押さえていたんです」
そして、絶好調の俺の舌。
「あー、本当かね?」
「「違っ……いつつ!!」」
確認するかのように問いかけてくる警察の人に反論しようとしているが、そうはさせない。後ろ手に捻り上げている腕をさらに持ち上げ、物理的に黙秘させる。
「最初は注意だけで済ませようとしたんですが、逆切れしてきたこいつらはあろうことかそこにいる少女に組み付こうと襲ってきたんです」
ほら、ミリカも何か言え、とアイコンタクトをしてみる。
「そ、そうなんです。私もこの男たちに組み付かれそうになって……。とても怖い思いをしました」
自分の体を抱くようにして、小刻みに揺れている姿は立派な女優である。
女性の言葉というものはたとえ嘘だとしても、効果が大きいものだ。
最後のはあながち間違ってはいないし、この状況だ。大衆はどちらを信じるか。
「お、俺、そこにいるローブを来た男たちがその子に襲い掛かっている姿を見た気がする」
「わ、私もあいまいだけど、そんな気がするわ」
「そうだ。そいつらは痴漢だ!」
……煽っておいてなんだけど、大衆って怖いよな。
ローブを着ていた2人は、応援なのか集まってきた警察の人に連行されていった。
「違う! 俺とあそこで倒れている女は仲間同士で……」
「はいはい、痴漢はみんなそういうんだよ」
「本当に違うんだ! 信じてくれ!」
「続きは署で聞くよ」
証人は1人いれば良い。不要な男どもには、ここで退場してもらうとしよう。この女は、こちらで丁重にもてなすから、安心して署でくつろいでいてくれ。
もはや、どちらが悪人なのかわからない思考をしていると。
「いやー、それにしてもあんちゃん。勇気あるな! 自分よりもがたいの大きい男相手に立ち向かうなんてよ!」
「本当、かっこいいわ!」
見ていた野次馬から、喝采が飛んできた。
嘘で勝ち取った正義とは、とても虚しいものだ。




