演説
昼食を食べ終え、支払いを済ませた俺たちはその店から出た。
「奢っていただいて、なんだかすいません」
セリちゃんが申し訳なさそうに言ってくる。ここは年上であり紳士でもある俺は気にしていないと言おうとしたのだが。
「気にしなくていいですよ。男が女を誘う時は奢るのが普通ですから」
俺が発言するよりも早く、ミリカの言葉がセリちゃんに届けられた。
内容的には一緒なのだが、自分の口から言いたかった。
「ミリカの言う通り気にしなくていいよ。年上には素直に甘えておきなさい」
少し上からの物言いになってしまったが、こういう子にはその方が納得させられるだろう。
「では、お言葉に甘えさせてもらいます。ご馳走様でした。ほら、ルリもきちんとお礼を言いなさい」
お辞儀をしながら、丁寧にお礼をしてくれるセリちゃんがルリちゃんにもお礼を言うように促すが、その声は聞こえなかったようである方向を向いたままだ。
何かあるのかとその方向を向くと通りの一角に人だかりができていた。
揉め事でも起きているのだろうか。
偏見かもしれないが王都といったら色々な人種が集まるし、人口も増えるだろうからこういうことは日常茶飯事だろう、と大して気にも留めなかったのだが。
「ルリ?」
セリちゃんの戸惑う声にそちらの方に視線を向けると、姉にしがみついているルリちゃんの姿があった。
その姿は何かに怯えているように感じられた。
どうしたのかと問う前に本人の口から、聞き逃すことができない言葉が発せられた。
「精霊の苦しそうな声が聞こえてくる。あんな声聞いたことない」
その言葉に俺とミリカは目を見合わせ、
「ちょっと、見てくるよ。2人は危ないかもしれないからここにいて」
何が起きているのかを確かめるべく人だかりに近づくことにした。
近づくにつれておかしな点に気づいた。
「道行く人達全員があの人だかりに集まっていくのは何か変だよな」
揉め事だとしても、全員が全員野次馬になるだろうか。ミリカがいつぞやに起こした、宿屋爆破事件でも道行く人全員が野次馬をしているなんてことは無かった。
「それだけ、異常な何かがあるんじゃないですか?」
俺たちが近づいている間にも人だかりは大きくなっていた。
そして、聞こえてくる男の声。演説をしているかのように、その声は聞こえてきた。
「我々が崇拝する神はすべてを受け入れます。我々はその神を崇めて庇護下に入るべきです。我々はその神の信徒となりて、世の悪を滅するべきです」
宗教の演説かよ。
「ソウイチ。この声何かおかしい気がします」
「ああ、俺もそう思う。今にも死にそうなほど言葉に気迫がないし、滑舌も悪いようで聞き取りづらい。演説をするのなら、もうちょっと声を張って聞き取りやすく言って欲しいな」
「違いますよ! 声のことを言っている訳じゃないんです。聞いていると不快感を感じませんかと言いたいんです」
「確かに、聞き取りづらくて不快感を感じるぞ」
「そういうことではなく、こう体の中でうにょうにょしているみたいな」
必死に伝えようとしているミリカには悪いが、手を使ったジェスチャーが擬音を言っているせいかとても可愛く見える。
俺も真似して手を動かしてみるも、ミリカの言う感覚が良く分からない。
2人して手をうにょうにょさせていると、どうやら演説が終わったようで声が聞こえなくなった。
演説が終わると同時に集まっていた人たちは、何も反応を見せず通りを歩いていく。その姿は異様だ。
「演説が終わると同時に一気に人がいなくなったな。というか、何もせず去るというのも不気味なんだが……」
「何か怖くなってきました」
集まっていた人がいなくなったことで演説をしている人を確認できるかもと思ったが、それらしき人を見つけることはできなかった。
「一体、何だったんでしょうね?」
ただ、微妙な演説を聞いただけになってしまい、ルリちゃんの言っていた精霊が苦しんでいた原因を見つけられなかったのは残念だ。このまま戻るのもかっこ悪いし、何かないだろうか。
「ソウイチ、あまりキョロキョロしているとお上りさんのように見られますよ?」
原因となりそうなものを探すため、辺りを見渡していた俺に向かってそんなことを言ってきた。
俺だってそんな風に見られたくないが、探し物をしているんだからしょうがないだろう。
結局、何も見つけられずルリちゃんたちの元へ戻ってきた俺たち。
「ごめんね。精霊が苦しんでいる原因は分からなかったよ。ただ、変な演説をしているのは分かったけど……」
「ううん、人が歩きだしてからは精霊の苦しい声も聞こえなくなったから、大丈夫だと思う」
ということは、ミリカの言った通りあの演説に何かがあるとみて良いな。
さっきまでは怯えている様子だったが、それも無くなり普通に話しているのを見て安心する。
こういう時はアルマに聞くのが一番だが、買い物をしているし聞けるのは夜になるかな。
2人はこの後、家に帰って用事があるとのことで別れた。
「この後、どうしますか? また、図書館にでも行きますか?」
ミリカからそう提案されたが、
「今日はもう良いや。ミリカはまだ読みたい本とかあるのか?」
あのトリスとかいう男に、また惚気話を聞かされてはたまらないと断った。
「私ももう読みたい本は読みましたし、そこらへんの店でも冷やかしに行きますか」
「そうするか。もしかしたら、面白そうな店があるかもしれないからな」
演説の件は頭の片隅に入れておき、王都を楽しむことにした。




