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昼食

 あの男エルフの話から解放された俺はぐったりとしながら、ミリカとの待ち合わせの場所に向かうことにした。


 ちょうどお昼を知らせる鐘が鳴り、図書館にいた人たちが一斉に移動しているようで1階へと転移できる魔法陣は大変混雑していた。こんなにも3階にいたのかと驚くくらいの人数だ。


 そんな人たちが読書をしている中で俺たち――正確に言うとあのトリスとかいう男エルフは平然と話していたのだから、図書館職員としての自覚が足りないんじゃないかと思う。小さい声で話していようが、絶対に聞かれていたはずだ。


 きっと、優しい人達しか3階にはいなかったのだろう。その証拠にうるさいと注意をしてくる人はいなかったのだから。個人的には注意をして欲しかったが……。


 ちなみに、俺はただ黙って聞いていたわけではない。会話の合間に、ここ図書館ですからお話はまた今度にしませんかと言ったのだが、


「大丈夫です。僕たちの話は聞こえませんよ」


 と彼は聞く耳を持たなかった。彼の立派に尖ったあれは飾りか何かだろうか。


「おい、てめえ、割り込みしてくるんじゃねえよ! 順番くらい守れや!」


「はあ? てめえの方が割り込んで来たんだろうが!」


 エルフの耳に対して考え込んでいた俺は、そんな騒ぎが起きていたことを認識できなかった。



「どうしたんですか、ソウイチ。いつも変な顔をしていますが、今は特に変ですよ?」


 いつの間にか、1階の待ち合わせ場所に到着していたようだ。


 人間、考え事をしながら歩いているとすぐに目的地に着くんだな。


「変な顔とは失礼な。俺はただ、エルフの耳について考えていただけだ」


「……変態的な魔物の次はアルマの耳にご執心ですか。ソウイチの好みが全くわかりません」


 エルフの耳としか言っていないのに、アルマの耳を連想するのはいかがなものだろうか。


 まあ、女性のエルフの耳に対しては萌えると思う。しかし、それは初めて会った時から感じているから魔物の次ではない。順番的には、前に考えていたぞ。


「ソウイチの好みについては、もうあきらめましょう。それよりもお腹が空きましたし、お昼にしませんか?」


「俺の好みは普通だし、変な性癖もないぞ。この件は後で話し合うとして昼食は賛成だ。でも、王都の店について詳しくないから、どこが良いか判断に困るところだよな」


「別にどこでもいいでしょう。そこらへんのお店に入りましょう」


「いや、どこでもは良くないだろ。今の俺の気分はさっぱり系なんだ」


 ミリカと昼食は何を食べるか会話をしながら外に出ると、見知った顔が歩いているのを発見した。


「お、あそこを歩いているのはセリちゃんじゃないか? ルリちゃんも一緒にいるな。ちょうどいいし、声をかけて良いお店でも紹介してもらうか」


「アルマの耳にご執心かと思ったら、次は銀髪繋がりであの時の姉妹ですか。連想ゲームですか? 気が多すぎて引きそうです」


 引きそうじゃなくて、普通に引いてるじゃないか。


「別にやましい気持ちがあって声をかける訳じゃないし、一昨日のことについて聞いておきたかったからという理由もある。決して、気が多い訳じゃないぞ」


 弁明してみたが、ミリカの反応は変わらずだった。心なしか半歩分距離が開いたように感じる。


 ここで俺は気付いた。


 ひょっとして、これは嫉妬? デート中に他の女性の話題が出たことに対してジェラシーを感じてしまったのだろうか、と。


 そういうことなら仕方無いな。セリちゃん姉妹については、後でカンナさんに聞くこともできるだろう。


「……やっぱり、見えないね。お兄ちゃんたち」


 昼食はミリカと2人で取るかと考え直していたら、前の方からルリちゃんの声がした。


 どうやら俺たちを見かけたらしく、向こうから近づいてきたようだ。


「やあ、一昨日ぶりだね」


「奇遇ですね。ソウイチさん……今日はアルマさんとは一緒じゃないんですね。そちらの方は確かグランデシャトー前にいた……まさか、二股!」


「誤解を招く言い方はしないでくれ! 別に今は誰かと付き合ってるわけじゃないぞ。俺たちは大切な仲間同士だ」


 会った時もそうだったが、セリちゃんは思い込みが激しい性格なんだろうな。言われる身としては勘弁して欲しいところだ。


「そうですよ。仲間というだけで、この男とは何もありません。そこのところ誤解しないでください」


 ミリカの声音からして全然恥じらいを感じず、本当に何も思っていないことが聞き取れてしまった。


 もうちょっと、感情を込めて言って欲しかった。馬車での時のように……。


「は、はい、わかりました。ところで、お二人は図書館に用事があるんですか?」


 雰囲気を察したのか、話題を変えようとするセリちゃんに対して。


「ついさっきまで図書館で本を読んでいたんだ。今から昼食にしようかと考えていたんだけど、2人もどうかな。俺たち王都に来たばかりで良いお店知らないから、おすすめを教えてくれると助かるよ」


 自然を装い、2人を食事に誘った。


「そうだったんですか。私たちもこれから昼食にしようとしていたんです。この通りの先に美味しい料理屋があるんですが、どうしますか?」


「ぜひ、案内してもらいたいな」


 渡りに船とは、このことを言うんだろうな。


「……ごちそうさまです?」


「そうですね。誘うくらいですし、ソウイチが払ってくれるでしょう。ごちそうさまです」


 ちゃっかりと俺が奢る流れを一言で作ってみせるルリちゃん、マジ魔性の少女。


「それくらい、奢れない俺じゃない。甲斐性見せてやるよ」


 と、豪語する影で財布の中身を確認する。もちろん、3人が背を向けて歩き始めたことを確認してからだ。


 ……俺が奢るからと高級店にされなければ、足りるな。


 ふと顔を上げると、こちらを心配するように見ていた彼女と目が合ってしまった。


「えっと、大丈夫ですか?」


 あんな言葉を言っておいて、こんな動きを見られるとすごくかっこ悪い。


「お姉ちゃん、早くいこう」


 手を引かれながら料理屋に向かう彼女に、問題ないと笑顔を送った。


 なお、意外にもルリちゃんは大食いであった模様。終始ひやひやしてしまったが昼食代は足りた。


 ……早く1億ルド手に入らないかな。

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