オークとの遭遇
王都にあるこの研究所は多くの部門がチームを作り、人々の生活の向上などを目的に日夜、研究が行われている。
カンナさんの所属している魔物を研究する部門、魔法の研究をする部門、魔道具を開発する部門など。
そして、そういった組織には当然と言っていいほど、派閥もまた存在する。
「誰かと思えば、魔物研究部部長のカンナ君ではないか。エルストの田舎から戻ったかと思えば貴重な時間を使い、お客人を招いて我が研究所のことを大々的に説明してくれているとは、いやはや頭が下がるよ」
研究所の通路を歩いている時に、目の前から数人の研究職員を連れ立って歩いてきた男が開口一番にそんな皮肉めいたことを言ってきた。
恰幅の良い体型をしている中年男性で、嫌らしく笑っている様はこの世界にいないとされるオークかと思ったほどだ。
……この世界のオークは、人間と共存関係にあるらしい。
「これはこれは、魔法研究開発部部長のバリデ氏ではないですか。しばらくお会いしてませんでしたが、ご壮健なようで何よりです。ご出産は、いつごろになられるのですか?」
「……くふっ!」
目の前で通路を塞いでいるような男に対して、カンナさんも皮肉を言い返していた。
あの体型でご壮健は無さそうですよ。あと、出産て……。
ご出産という単語がツボに入ったのか、リカさんは吹き出していた。
「ふっふっふ、行き遅れのババア風情が自分に縁の無い話をしてますね」
「はっはっは、魔法を研究する前にご自身の体を研究してはどうですか?」
睨み合いをしている2人の間に、火花が散っているような光景を幻視した。
「もしかしてソウイチが先ほど説明していたオークというのは、あれのことだったんですか?」
「……あながち間違いでも無いな」
ミリカの言葉に俺も吹き出しそうになりながら同意し、頷いた。
感覚を共有できるというのは素晴らしいな。
「……どこの社会にも派閥というのはあるんですね」
アルマが放った一言にとても説得力を感じた。
きっと魔王の幹部同士でも色々あったのだろう。
「私は君のように暇な時間は無いのでね、これで失礼するよ」
ドスドスと擬音が聞こえてきそうな歩き方をしながら、去っていくバリデ。
取り巻きの職員の人たちは、こちらに頭を下げながら後を追っていった。
「見苦しいところを見せてしまったね。あれは、ここの研究所にいる責任者の一人でもあるバリデという男だ。あれでも魔法開発の研究については、類まれな才能を有しているんだよ。生理的に受け付けないのが、欠点だがね……」
バリデというオークみたいな男の才能は認めている様子だが、あの性格は受け付けないらしい。
初対面の俺でさえ、ちょっとイラっときていたから長く付き合いのあるカンナさんは相当鬱憤が溜まっているだろうと推測できる。
「確かに、生理的に受け付けないわね。どうせ独り身でしょうし、自分で子供を作ることにしたのかしら?」
「一応、彼は結婚しているし子供も2人いるよ。信じがたいことにね。奥さんは美人だし、子供2人も見かけたことはあるのだが、実の子供なのか疑ったものだよ」
信じられない。中身……じゃないだろうな。才能目当て? うん、その方がしっくりくるな。
「補足しておくと、幸せな家庭を築いているそうだよ。前にお弁当を届けに来ていたのを見たけれど、その時の彼はデレデレしていて本当に気持ち悪かった」
ため息をつきながらそう語るカンナさんの表情は、その時の光景を思い出したのか吐き気を催しているようだった。
本当に信じられない。
「あんな男ですら、結婚して幸せな家庭を築けるんですね」
なぜ、こちらを見るんですか、ミリカさん。
「さて、気を取り直して他の場所も案内しよう」
案内されて他の室内を見て回り、研究所の見学が終わった頃には日が落ち始めており、夕方になっていた。
「どうだったかな。少しでも興味を持ってもらえたなら、私としては嬉しいよ。毎日は無理でも何か聞きたいことがあればいつでも来てくれ。特にアルマ君とは個人的に話をしてみたいな」
「はい、私でよろしければぜひお願いしたいです」
カンナさんとアルマは、見学をしている最中に色々と意見を交換していた。
分野は違うが、共感できることがあったようだ。
「何か質問とかあるかい? 聞いておきたいことでも良いけれど」
やはり異世界の定番であるスライムやゴブリンといったメジャーな魔物がいないというのは残念である。別に会いたくはないが、見てみたかったという思いが強い。
もう口には出さないけど。
「あと、魔物についてまとめた本が王都の図書館にいくつかあるから、時間があれば読んでみると面白いよ。昔は、今のような魔物は存在しなかったという題材で書かれた本が個人的におすすめかな。著者の見解が事細かに書かれて読んでいて飽きなかったからね」
カンナさんのおすすめを聞いて、明日は王都の図書館でも訪ねてみようかと考えていると頭の片隅にひっかかるものを感じた。
あれ、王都の図書館……何かあったような?
俺たちはカンナさんとリカさんにお礼を言い、宿に帰ることにした。




