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異世界の魔物事情

 部屋の奥には、先ほどの水槽よりも大きい水槽が所狭しと並べられていた。だいたい、俺の胸くらいの高さまであるその中には砂や土が敷き詰められ、岩などが置かれていた。説明によると、魔物の住処を再現してストレスを軽減することでより自然に近い形にしているとのこと。


 ただ、どの水槽を見ても魔物の姿を見つけることができなかった。


 みんなして水槽を覗き込むが魔物がいない状況に首を傾げる。台を使って、上から覗いてみると足らしきものが見えているので、逃げ出しているということは無さそうなのだが一体どうしたことだろうか。


 みんなして岩や木の隙間に入って、お昼寝でもしているのだろうか?


「おかしいな。いつもなら、隠れるなんて真似はしないで自由にしているというのに……」


 カンナさんの呟きからあることに思い至った。


「ここで飼っている魔物って虫系ですか?」


「いるにはいるが、全部が全部というわけではないよ」


 俺の体質的に考え付いた答えだったのだが、どうも違ったようだ。一応、ハイドの魔法をかけてもらおう。


「アルミラ、ハイドの魔法をかけてくれないか?」


「ええ、わかったわ」


 会話を聞いていたアルミラは、即座に俺に魔法をかけようとしたのだが。


「アルミラ君、魔法を発動する前に渡された通門証を貸してくれないかい?」


 カンナさんに止められてしまった。


 疑問に思いながらも、この研究所に入る際に渡された通門証をカンナさんに渡す。


「説明し忘れていたんだが、この研究所内で魔法を許可無く発動すると身に着けている通門証が検知して、所内全体に警報が鳴るようになっているんだ。すまないね。何らかの理由で魔法を使うのなら、私に言って欲しい。このように私たち責任者が持っている魔道具で解除するから」


 カンナさんが手にしていたリモコンのような魔道具を通門証にかざすと、ピッと音が鳴った。


 コンビニとかのレジでバーコードを読み込む機械に似ている。


「これで魔法を使っても検知されない。使い終わったら、また私に渡してくれ」


「わかったわ」


 研究所内だということをすっかり忘れていたな。そんなところで無造作に魔法を使わせるわけにはいかないよな、普通。


「ちなみに、なぜハイドの魔法を使おうとしたのか聞いてもいいかい?」


「俺の体質が虫系の魔物を寄せ付けないのは説明したと思うんですけど、ハイドの魔法をかけてもらえればその効果が消えるみたいなんです」


「ほう、ハイドの魔法で消える体質というのも珍しい。私は魔物専門だが、ソウイチ君の体にますます興味が出てきてしまった。本当にどうだい? 今日の夜……」


「先生、話が進まなくなります」


 アルミラにハイドの魔法をかけてもらうと、今まで隠れていたはずの魔物たちが危険は去ったのかというように恐る恐る出てきた。


 俺は虫系の魔物に嫌われていると思われたのだが、どうやら魔物全般に嫌われているらしい。


「ふむ、この結果からソウイチ君の体質は虫系というよりは魔物全般に作用しているようだな。だからなのか、エルストの街から王都まで魔物に遭遇しなかったのは……。いや、もしかすると何かソウイチ君の体内から放出されて……」


「もう、採取や護衛などのクエストで外に出るときは、1パーティーに1ソウイチ欲しくなるくらいですね」


 1ソウイチってなんだよ。俺は何かの商品か。


 俺の体質について、カンナさんは自分の世界に入ってしまい、ぶつぶつと何かを呟き始めてしまった。


 ……そっとしておこう。


「虫系に作用するだけならわかりますが、魔物全般となるともはや珍しいとかいう類ではなさそうな……」


 アルマも俺の体質について考え始めてしまったのか、ぶつぶつと呟き始めた。


 似た者同士だな。


 2人を横目に魔物を眺めていると、色々な種類の魔物がいることがわかった。


 蜘蛛、蛙、蛇、鳥……えーっと? 何か異世界らしき魔物はいないのだろうか。いや、地球上のものよりも体は大きく、模様や造形が多少変わってはいるが、ベースが同じような魔物ばかりだった。


「へー、珍しいわね。ナイト・オウルじゃない」


 アルミラが見ているのは、白と青色で全身を彩っている無駄にカッコいいフクロウ。翼がまるで剣と盾のような様相をしており、人間の子供くらいの大きさがある。


 ナイトって夜の意味ではなく、騎士の意味なのか。キリッとしてる顔で首を回してる姿は、とてもシュールだ。


「こちらのはドレス・スパイダーですね。巣ではなく本体を見るのは初めてです」


 ミリカはドレスを着ているような模様をしている、体長が1mほどもある蜘蛛を興味深げに観察していた。足を伸ばせば2m以上になりそうだ。


 このドレス・スパイダーという魔物、ピンク色ですっごい目立つんだが本当に自然界にいるのか疑問である。いたとしても、悪目立ちして外敵に襲われるのではなかろうか。……あ、思い出したこういうのを警告色とかいうんだっけ。


 格好から連想できる名前を付けるのは良いんだが、安直すぎやしないか?


「どうですか? 可愛らしい子たちばかりですよね。でも、可愛いだけでなく色々と役に立つ子たちばかりなんですよ?」


 うーん、可愛いのか?


 俺は、目の前でこちらをぼけーっと見つめている蛙の目を見てみるが……、どうやら俺とリカさんの感性は違うようだ。


「例えば、このドレス・スパイダーの糸は服の材料になりますし、こちらの……」


 説明はありがたいんだが、異世界特有のゴブリンだとかオークだとかはいないのか?


 聞きたいのだが、先ほどのスライムの話で誤解されてるしなあ。でも、好奇心は抑えられない。異世界といったら、やっぱり新米冒険者が相手をするゴブリンだろう。俺は戦ったことないけど……。


 案の定、聞いてみてもこの世界にはいないそうだ。


「何かソウイチのこと、怖くなってきたわ。そんな妄想をしてるだなんて。宿を移すべきかしら」


「繁殖能力が異常で人間の女性を攫うとか……食用として襲ってくるというのならわかりますが、そんな魔物はいませんよ」


「……ソウイチさんは、作家に向いてるかもしれませんね」


 なぜだ! ドラゴンとかはいるくせに、スライムやゴブリンがいないとか本当に異世界なのか、ここは?! 


 視線を合わせてくれないリカさんの反応が地味に傷つく。


 俺は好奇心のままに聞いて、3人の女性陣からドン引きされたのだった。

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