研究所
翌日。
俺たちはカンナさんがいる研究所を訪ねていた。
昨日のミリカの件が気にはなったが、本人に聞いても知人のように見えて追いかけてしまったとしか言わないため、話してもらうまではそっとしておくことにした。
どう考えてもいきなり走り出しておいてあんな顔をしていたら、ただの知人だとは考えられないのだが……。
「王都の研究所にようこそ。よく来てくれた」
渡された地図を頼りに王都の街を歩き、やっと着いた研究所は王都の端っこに位置しており、民家が並んでいる場所よりも離れていた。そのため、到着したのはお昼くらいになってしまった。
白衣を着て出迎えてくれたカンナさんとリカさんを見ると、堂に入った姿をしている。特にカンナさんは眼鏡もしているせいか、ぴったりの服装に感じる。
うん、ぴったりだ。
「ソウイチ……」
「……なるほど、そういうことか」
アルミラの言葉とカンナさんの言葉、意味合いが違うのだろうが悪寒を感じた。
女性というのは、本当に男性からの視線に敏感なんだな。あと、後ろで自分の胸を白衣の上から上下に撫でて寂しそうな顔をしないでくれ、リカさん。それでも、アルミラよりはあるんだから。
アルミラからさらに不穏な空気を感じ取った俺は話を変えるべく、研究所に招いてくれたことに対するお礼を言うことにした。
「こほん。お招きありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
「そんなにかしこまる必要はないよ。旅をしていた時のように気楽に話してくれ。私たちと君たちの仲じゃないか」
カンナさんは俺の言葉に手をひらひら振って、よしてくれという風に言ってくれた。
せっかくの言葉なので、従うことにしよう。
「わかりました。では、言いたいことがあるんですが良いですか?」
「うん? 何だい?」
「地図を渡すときには、きちんとこの研究所と街を往復してる馬車があることも書いておいてくださいよ」
「おや、書いてなかったかい? 失敬失敬。忘れていたよ。ハッハッハ」
勘弁してくださいよ。歩いて到着した俺たちを門番が不審そうに見ていたのには、少し恥ずかしさを感じたんですから。
「さて、では案内する前に注意事項を説明しておこう。一応、ここの責任者の一人である私が招いたとはいえ、外部の者を自由に行動させるわけにはいかないのでね。私たちと一緒に行動してもらうことになる。そこのところは理解して欲しい」
「はい」
カンナさんの言葉に俺たちは頷く。
あれ、責任者の一人と言ったか? そんなに偉かったのか、カンナさん。何となく予想していたが、まさかそこまでの地位だとは……。
「その前にお昼にしようか。食堂に案内するよ」
俺のお腹が鳴った音で早めに昼食をとることになった。案内された食堂にはここの職員らしき人達が昼食をとっている姿が見えた。研究所で働いている人数は結構多そうだ。
「……普通ので安心したわ」
「美味しそうですね!」
「……良かったです」
作られている料理は、昨日のようなものではなく美味しそうなものだった。
ヴィオラさんの料理が余程トラウマになっていたのか、普通の料理に感動していた。夜と朝は普通のが出ただろうと思ったが、この研究所はある貴族から出資を受けているという情報を得たため、もしかしたらという懸念があったのかもしれない。
「……何となく、君たちの反応から昨日冒険者ギルドで何があったか予想がついたよ。ここは違う貴族様が出資しているから心配ないよ」
その言葉を聞いていたカンナさんは苦笑していた。
どこでも有名なんだな、ヴィオラさん。……思ったのだが、よく王都の冒険者は減らないな。あんな料理は食べたくないだろうに。何かそれを上回るメリットがあったりするのだろうか。
「私とリカ君は専用の研究室をいくつか持っていてね。ここはその部屋の1つになる。この中で魔物を飼育しているが檻には入っているから、安心してくれ」
安全な昼食を済ませた俺たちはカンナさんの案内でその部屋に入った。扉を開け、近くに並んでいる水槽を見た瞬間、俺は感動して声を上げていた。
「これはもしや定番の魔物、スライムか!」
そこには様々な色をした異世界のテンプレともいえるドロドロとした液体である、RPGでは有名なスライムが収まっていた。
今まで一回もスライムと戦闘どころか、遭遇したことすらなかったからな。戦った相手というとおっさん、剣、蟻、ゴーレム、骨、ドラゴンフルーツ、メイド……思い出してみると、不思議なラインナップだな。
「ソウイチ君の言ってるスライムというのは何だい?」
「え、この水槽のような容器に入ってる液状の魔物のことなんですけど……」
「これはスライムという魔物ではなく、ここで飼育している魔物に与えている飼料だよ。それよりもそのスライムという魔物に興味が出てきた。一度も聞いたことがない名前だ。一体どういうものなんだい?」
「私も初めて聞きました。スライムとは何なんですか?」
魔物専攻のカンナさんとアルマが興味津々のようで、魔物の定番であるスライムについて聞いてきた。
……この世界にはスライムという魔物は存在しないのか。
ちょっと残念だと思ってしまったが、男としては普通の反応であると思いたい。
スライムという魔物を説明すると、みんな俺の方を見てなんとも言えないような顔になっていた。
「ソウイチ……獣と思っていたけど、そこまでだとは思ってなかったわ」
「……欲求不満なんですか?」
なぜ、ここまで言われるんだ。
「ソウイチさん、架空の魔物を妄想するのは別に良いんですけど、もっとマシな魔物にしましょうよ」
「ふむ、それはそれで研究してみたい魔物だな」
「何でも溶かす……」
おかしい。俺はただ何でも溶かすが人体だけは溶かさない魔物としか言ってないはずなのに、ここまで言われるとは思わなかった。
「時にソウイチ君、欲求不満なら今日の夜……」
「先生、みなさんを案内しましょう」
俺は釈然としない気持ちのまま、みんなについていくのだった。




