嘘を見抜く魔法
「おや、疲れ切った顔をしているね。書類についての確認は日を改めてするかい?」
俺たちがギルドマスター室に入り、イヴァンさんと向かい合った際の一言目がこれである。
この野郎、いけしゃあしゃあと言いやがって。
「いえ、ギルドマスターがせっかく時間をかけてご精読されたのでしょうから、今が良いですね」
「そうかい? なら、確認させてもらおうかな」
俺の皮肉めいた言葉に一切反応せず、書類を机の上に並べ始めるイヴァンさん。
隣からも怨念めいた視線を浴びているにも関わらず、歯牙にも掛けない姿はさすがというところか。
「さて、回りくどい言い方は好きじゃないから単刀直入に聞こう。ラスクから聞いていると思うけど、僕は嘘を見抜く魔法を使える。魔王の幹部であるアスト=ウィーザを倒したのは君たちかい?」
完全に倒したというか封印なのか? それは最終的に女神がやったから、この場合はどうなるんだろうな。
一応、打ち合わせ通り俺が話そう。
「はい、俺たちが倒しました」
「……どうやら、本当のようだね」
嘘を見抜く魔法を使っていたようで、俺たちが倒したという言葉が真実だとわかったみたいだ。その表情は驚いたという感情もあるのだろうが、呆れの感情の方が大きいように感じた。
女神も俺たちの枠に入っているのかな?
「すまないね。この書類を読ましてもらったけど、とてもではないが信じられなかったんだよ。今から数十年前にSランクパーティーの冒険者がやつの居場所を突き止めたことがあった。当然、討伐するために入念な準備をして挑んだ。けど、結果は全滅。その時に戦闘風景を記録する装置があったんだけど、彼らの戦闘は凄まじかったよ。飛び交う最上級魔法に視認が困難な剣戟。どっちも化け物だと感じた。それでも、倒すことは不可能だった」
淡々と語り出すイヴァンさん。
この世界にも記録媒体はあるのか。後で、探してみよう。
「言い方は悪いけど、君たちのパーティーはアルミラさんのCランクが最高だ。そんなパーティーが倒したとはとてもでは無いが信じられない。信じられないけど、僕の魔法が肯定した。ということは真実だ。自慢じゃないけど、僕はこの魔法を信頼しているからね」
いや、アルマなら作れるんじゃないだろうか。話し合いが終わったら、頼んでみようかな。
「ただ、どうやって倒したのか聞いても良いかな?」
頭の隅で違うことを考えていた俺はその質問に正直に答えてしまった。
「お守りです」
「……は? ……いや、ごめん。もう一回聞きたい。どうやら、聞き間違いをしたようだ」
あれ、俺、今何口走った?
隣を見てみるとアルミラと視線が合い、こくりと頷かれてしまった。
「お守りです」
俺が言わないでいるのをお前から伝えてくれ、と受け取ったのだろうアルミラがイヴァンさんからの質問に答えていた。
あ、正直に伝えちゃってたのか。
「……嘘じゃない。……え、お守り? あの巾着の形をしたあれかい?」
「はい、ただのお守りではなく、女神エルドレーネ様から頂いたお守りですけど」
「……また嘘じゃない。え、女神? エルドレーネ様?」
困惑しているイヴァンさんに懐から取り出したお守りを見せるように机の上に置いた。
「これが、そのお守りです」
まじまじと大人がお守りを確認している様子を見ると、なんかおかしく感じる。なまじ眼鏡をかけた理知的な顔をしているから、驚きながら見ている姿にギャップがなんとも……。
「これでどうやって倒したんだい?」
アスト=ウィーザとの戦闘のことは隠さず全部話した。変な神の影響で蘇ったとかいうのは伏せたが。
「……僕の魔法が段々信じられなくなってきたよ。全部真実だと、嘘ではないとわかるんだけどね。でも、信じたくないレベルだよ。君たちは……いや、ソウイチ君は色々おかしい」
この反応は懐かしいな。
恐怖されるかなと思ったけど、頭を抱えて引いている姿からはそんな感情はないようだ。
この世界の人たちの反応も大概だと思う。目の前に魔王の幹部を倒せる男がいて、みんな引くだけで恐怖された試しがない。俺だったら恐怖する気がする。そいつの感情次第で殺されるかもしれないんだから。
「なぜ、恐怖しないのかって不思議な顔をしているようだね。Sランクの冒険者を一回見てごらん? そうすれば、わかるから。ソウイチ君は確かに強大な身体能力を持ち合わせているようだけど、話をしている限り、性格は破綻してないと感じる。それが答えだよ」
魔王の幹部を倒せる男よりも怖がられるSランク冒険者は見たくないな。
どうでもいいが、俺の顔ってそんなに考えていることがわかりやすいのか?
「わかりやすいわね」
「わかりやすいですね」
どうやら、自分でも知らないうちに疑問が口から出てしまったようだ。アルマは苦笑をしているし、これは気をつけなければいけないな。
「ソウイチが強いのは今更だし。少しの付き合いだけど、中身は分かってるつもりよ」
「私はすぐに追い抜きますから、些細なことは気にしませんよ。そのうち魔王スレイヤーと呼ばれることになりますので」
「大切な仲間ですからね。最初は確かに恐怖を感じましたが、今はそんな感情は湧いてきませんよ」
みんなの言葉に感動してしまった。
そうだよな、人間は中身だよな。
「はあ、確認も取れたから手続きを始めても良いかな? こちらで用意した書類を色々確認してもらうから、時間がかかるし」
どこか疲れた顔で手続きを始めるイヴァンさんから、懸賞金の話がされた。
「大金ですぐには用意できないから、その間は王都を観光でもしているといいよ。ちなみに懸賞金は4億ルドになる」
「「「「4億!!」」」」
マジか!! 4億を山分けすると1人当たり1億。すごい金額だな。
「あ、懸賞金で思い出したんですけど、協力してくれた他の冒険者たちにもいくらかお金は支払われるんですか?」
「ああ、書類を読ませてもらったけど、昇級試験の最中だったようだね。相手していた人たちにも多少の謝礼金は支払われるよ。さすがに君たちほどではないけどね」
それを聞いて安心した。なら、このお金は俺たちで使っていいんだな。
1億か。何に使おうかな。
「分配方法はパーティーによって違うだろうから、相談して決めると良いよ」
その言葉に視線を見合わせる俺たち。
「均等に分配しようぜ?」
「均等で良いんだ。逆にありがたいわ」
「均等が一番ですね。私たちは大切な仲間同士ですし」
「均等はさすがに申し訳ない気がするのですが……」
均等に分配ということで決まった。
「それはそうと、ソウイチ? 1億は大金よね。それで満足よね?」
おや、空気が不穏に……。
「私たちは大切な仲間同士です。もし何かある場合は対話をしましょうね」
……。
「……何かあったら言葉で言ってくださいね?」
……これはひどい。さっきの中身云々の話はどこいったんだ。
「……からかうのもほどほどにね」




