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時間稼ぎ

 この料理は、もう食べたくない。


 前回のように顔を近づけても目が痛くなるようなことが無いのでそこまでの辛さはないと思うが、赤さ加減が食欲を躊躇させるレベルだ。


 よし、ここはさっきのことを対面に座って青褪めた表情をしているアルマに聞いてみよう。ギルドマスターが書類を読み終わるまでの時間稼ぎだ。


「アルマ、さっきのことで質問があるんだけど、今大丈夫か?」


「はい! 大丈夫ですよ! なんでも質問してください!」


 俺の方に顔を向けるのが速い。


「さっきの精霊が見えるって話なんだけど、精霊ってのはどういう存在なんだ?」


「詳しいことはまだ調査中みたいですが、精霊というのは魔法を使う上で必要になる力のことです。自我というものは基本無く、魔法を唱えた術者に何らかの作用を与える存在らしいです」


「魔法を使う時の触媒みたいなものか。基本的に普通の人にはついてるんだよな?」


「そうですね。そのはずだったんですけど、ソウイチとミリカには精霊が見えないと先ほどルリちゃんが言っていたので不思議なんですよね。魔法を使わないソウイチならいざ知らず、ミリカが魔法を使える説明がつきません。もし、ミリカが精霊の力を使わず魔法を使えているのなら、理論が根底から覆されることになるかもしれないですね」


「なるほど……」


 俺は異世界人だからということで結論になりそうだが、ミリカは不明だな。ひょっとして、同じ異世界人だったりするのか?


 聞いてみようとアルマの隣に視線を向けると俺たちの話を真剣に聞いていたミリカと目が合った。隣を見るとアルミラもこちらの方を向いて真剣に聞いている。2人とも料理の方には頑として視線を向けない姿勢だ。


 人間、思うことは一緒なんだな。


「へー、勉強になるわね」


「師匠から聞いたような気がしますね。記憶が劣化して、うろ覚えでしたが」


 まあ、お前らの魔法の発動は、ポワーンとしてギュルギュルしてドカーンだもんな。


「つまり、私は精霊の力を借りずに自分自身だけの力で魔法を行使する魔術師として歴史に名を残せるんですね!」


 自信を持って言い切るミリカにアルマが忠告をする。


「ただ、それがばれたりすると研究所に連れていかれて様々な実験対象になるかもしれませんよ?」


「うっ……この件は内密にしておきましょう」


 その言葉を聞き、意気消沈するミリカ。


 研究者であるカンナさんたちには聞かれてるんだけどな。専攻が魔物だから、そんなことにはならないだろうけど。……ならないよな?


「その、精霊を視ることができる魔眼は特別だったりするのか?」


「そうですね。希少な魔眼だと思いますよ。だからこそ、カンナさんたちが連れて行ったのでしょう。少しの間の旅でしたが良い人だと感じましたし、心配しなくても大丈夫だと思いますよ」


「そうか」


 心配する俺に対して気を遣ってくれたのか、優しく説明してくれたアルマ。


 アルマの説明でルリちゃんたちのことは平気だろうと安心した俺は、ミリカに先ほどのことを聞くべく、質問する。


「なあ、ミリカ。突然の質問で悪いんだが日本人という言葉はわかるか?」


「……? ニホンジンというのは何ですか? 食べ物か何かですか?」


 うーん、異世界人というわけでもないのか。いや、異世界というのはこの世界もそうだが無数にあるもののはずだ。異世界人ではないという決めつけは早計かもしれない。


「ソウイチは日本人だったんですか?!」


 うお、予想してなかった人物からの質問が飛んできた。


「そのはずだ。あまり記憶が定かじゃないんだよな。何でか知らないけど……」


 アルマは日本人を知っているのか?


「魔王さんと面識があったりしますか?」


「いや、無いけど。……まさか」


「はい、魔王さんは自分のことを日本人だと言ってました」


 驚愕の事実が発覚した。


 マジですか! あれ、でも魔王って確か4人いるって……。


「もしかしてなんだけど、魔王って全員日本人だったりするのか?」


「よくわかりましたね。その通りです。魔王さん本人が言ってましたので間違いないと思います」


 同郷だと思う者がいるということを知れたのは嬉しいが、悪者になってるのか。悪堕ちでもしてしまったのだろうか。


「何か不穏な単語が聞こえてきたわね。ソウイチと魔王って同じ人種ってこと?」


「かもしれない」


「かもしれないとは煮え切らない答えですね」


 日本人のはずなんだが、きっぱりと言い切ることができない。でも、日本の風景や言葉、生活とかは思い出せるんだよな。うーん、出自がわからない状態はもやもやする。


「まあ、同郷の者じゃなかったとしても悪さしてるなら止める。当初の予定は変わらず、むしろ早めに間違いを正させたい。対話とかできれば良いんだけどな」


「対話をして、魔王を説得できるなら良いけどね」


 まあ、難しいかもしれないな。幹部を倒したり、勧誘したりしてしまったからな。


 そんな話をしていると、書類を読み終わったのかギルドマスターが階段から降りてくる姿を発見した。


 危機を乗り越えたぞ! 


 狙い通りに終わり、心の底から安堵した。この後はきっと対談になるだろう。そうすれば、この料理は食べなくて済みそうだな。


「おや、書類を確認し終わったのですが、まだお食事をしているご様子ですね。私は2階のギルドマスター室にいますので、食べ終わりましたら受付の職員にお申し付けください。案内させますので」


 それではごゆっくりと言い残し、また階段を上っていくイヴァンさん。


 階段から俺たちの座ってる席は遠く、声が冒険者ギルド内に響き渡ったためか注目されてしまった。他の冒険者やギルド職員がその言葉を聞き、こちらに笑みを向けてくるのが腹立たしい。


 というか、きちんと俺たちの元に来て言えよ。そんな遠くからじゃなくて。


 俺たちがギルドマスター室にたどり着いたのは、それから多少の時間を要した後だった。

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