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露天風呂

 カンナさんには、あの後きちんと付き合えませんということを伝えたのだが。


「恋愛をするのは私の自由だからね。一度断られたくらいでは諦めないよ」


 と返されてしまい、何も言えなくなってしまった。


 正直俺は恋をしたことがないし気持ちも分からないが、振られてもそこまで言えるのはすごいと思う。


 そして、俺が言葉にして伝えたことでみんなは安堵したようにホッと胸を撫でおろしたように見えた。


 大丈夫だよ。お兄ちゃんはどこにも行かないから。


 ちなみに俺の脳内イメージはアルマが長女、アルミラが次女、ミリカが三女だ。


 という自分でも馬鹿だと思う妄想をしながら夕食をみんなと食べ終わり、いよいよ楽しみの露天風呂に入ろうと浴場の前に行ったら、みんなと鉢合わせしてしまった。


「ソウイチもこの時間に露天風呂に入るの? まさかと思うけど、覗きなんかしないでしょうね」


「そんなことはしないよ」


「混浴できるかどうか聞いてたじゃないですか。私たちの動向を窺っていたんじゃないですか?」


「そんなことはしてないよ」


 2人してニヤニヤしながら言ってくるが、これはしてほしいということの裏返しなのか? それとも、さっき攻めるのが好きと言ってしまったから警戒しているのか? ……からかわれているだけなのかもしれないな。


「私は信じてますから!」


 おかしい。なぜ、露天風呂に入るだけなのにこうも言われてしまうのだろう。


「なんなら、みんなが入り終わった後に私と2人っきりで入るかい?」


「入りません」


「先生、先ほど自分で言っていたことをもう忘れたんですか」


「はっ、そうだったな。ならば、今のは無しだ」


 女性陣たちは言い終わると同時に女湯の方へ行ってしまった。


 俺って女湯を覗くやつって思われていたのか?




 男湯の露天風呂に入ると、一見して普通のお風呂と変わらないようなデザインだが空が見えるというだけで全く違う雰囲気だった。夕日が沈み切らず、オレンジ色になっている風景はどこか風情を感じる。


「おっと、ぼうっとしてないでまずは体を洗おう」


 今の時間は他に使っている人がいないのか貸し切り状態だった。体を洗い終わった俺は湯船に浸かり、理由もなく端に移動する。ちょうど、女湯側の方に移動してしまったが他意はない。たまたま、入ったところが女湯に近い場所だったのだ。


 ゆっくりと浸かっていると女湯の方から声が聞こえてきた。


「ほう、アルミラ君はかわいいな」


「今、どこ見て言ったの?!」


 胸だろう。


「先生……」


「はっはっは、大丈夫。君もかわいいぞ、リカ君」


「……持つ者に持たざる者の気持ちはわからないんです」


 声だけでもどういう表情をしているのかわかるな。


 これは覗きではない。ちょっとした位置でたまたま声が聞こえてくるだけだ。


「壁の向こうにソウイチがいるんですよね。呼んでみましょう」


「ちょっと、ミリカ。他のお客さんもいるかもしれないんですからご迷惑になることはしてはいけませんよ」


 ざぶざぶとミリカがこちらに近寄ってきていたのがわかる。そして、アルマの声からして女湯の方もこちらと同じ状況なのだろう。


 だが、こんな近くから声を上げようものなら壁に近い位置にいることがばれてしまう。さっき、覗きはしないときっぱりと言った手前、それは回避したい。


「大丈夫ですよ。きっと、向こうも同じ感じでしょう」


 こらこら、他のお客様のご迷惑になる行為はしてはいけませんよ。


「女の子がそんなことしては駄目です」


 良いぞ、アルマ。もっと言ってやれ。


「良いじゃないですか、ちょっとくらい……ということで、ソウイチー! そっちはどうですかー?」


 くっ、今移動してしまうと向こうにも音が聞こえてしまう。ああ、全然聞くことができなかった。もう少し色々と会話を繰り広げてからそういうことはしてくれ。さて、どうしよう。


「ほっほっほ、元気が良いお嬢さんがいたものだ」


「! あ、声を上げてしまってすいませんー!」


 どうやら、俺が向こうの声を聞いている最中に入ってきた人がいたみたいだ。ミリカがざぶざぶと壁のところから遠ざかっていくのを聞きながら、露天風呂に入ってきた初老の男性に心の中で感謝をしつつ言葉に出して謝る。


「すいません、仲間が騒がしくしてしまって」


「構わんよ。元気が良くて老いぼれの体に活力が出てくるようだわい」


 見ると老いぼれの体には見えないくらい、筋肉が引きしまっている。何か運動をしているのだろう。


「それに懐かしかったのもあるのかもしれんな」


 どこか遠くを見る目をして湯船に浸かっていた。


 娘さんがどこかに嫁いだりしたのだろうか。


「君は冒険者かい?」


「はい、そうです。仲間たちと王都に行く途中です」


「そうかい。仲間のことは大切かのう?」


 突然の質問に驚いたが俺は自信を持って頷いた。


「はい」


「ほっほっほ、その気持ちをいつまでも大切にしなさい。失ってからでは遅いからのう」


 冒険者という仕事をしている俺を心配してくれたのだろう。


 他愛ない話をしつつ、露天風呂を堪能した俺は挨拶をして上がることにした。心残りは声をあまり聞くことができなかったくらいか。ミリカには注意してやらないとな。


 上がった俺が目にしたのは、アルマにさっきのことを注意されているミリカの姿だった。


 さすがに俺も注意するのは可愛そうになったので、売店で飲み物を買ってやることにした。

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