膝枕
昨晩のこともあり、朝から眠い俺は馬車の中で眠ろうと思っているのだが1つだけ納得できない点がある。
「何で、夜中に起きていたのにあんたら元気なんだ……」
そう、あれだけ夜中起きていたのにも関わらず、馬車の中で昨日とは違うアルマの魔道具を興味深げに眺めている研究者の2人である。
眠気など一切無いかのように振る舞うその姿は昨晩のことが嘘のようだ。
「研究者をやっていると、徹夜程度は問題無くなるのだよ。眠いのかい? 仕方ないな、膝枕をしてあげても良いんだよ?」
アルマの魔道具を眺めるのをやめ、自分が座っていた席に戻ると同時に隣の空いている席をポンポンしながら、そんな提案をしてくるカンナさん。
眠いのはあなたのせいなんですけどね。
膝枕と言われて嬉しくないわけではないが、どうにも素直に従いたくないと本能が囁いている。
どうせされるのなら。
アルミラ……は、上を見上げた場合に落胆するだろう。
ミリカ……は、膝枕してくれたとしても後で何か言ってきそう。
「膝枕してくれるなら、アルマの膝枕が良いな」
「え?」
しまった。思ったことをつい呟いてしまった。
「膝枕ですか? 良いですよ?」
おや、あっさりと承諾されてしまった。引かれて終わりかなと思ったが、案外口にしてみるものだ。
「ふーん、アルマなんだ」
「まあ、ソウイチが誰の膝枕で寝ようと私はなんとも思いません」
「……ふむ」
アルミラもミリカも何か含みのある言い方だ。
……ピンと来た! つまり、嫉妬だな。
カンナさんは残念そう……でもなく、興味深げに2人の方を見ていた。
「なんだ、みんな俺に膝枕したいのか? なら、明日から交代でしてもらおうかな」
俺はふざけ半分で言ったつもりだったのだが。
「な、なんで私がそんなことしなくちゃいけないのよ!」
「そ、そうです。ソウイチの頭は重そうなので、膝枕なんてしたら疲れちゃいますよ!」
……あれ、この反応はひょっとしてツンデレというやつなのでは? 俺って、実は好感度高かったの?
「ふふふ……」
カンナさんはそんな光景を見ながら何か企んでいるかのような笑い声を上げていた。
俺は、せっかくなのでアルマに膝枕をしてもらうことにした。
前から思ってたけど何で女性というのはこんなに柔らかいのだろうか。これなら、すぐに眠れそうだ。
「つらくなったら、起こしてくれていいからな」
という言葉と共に意識が沈んでいき、眠りに……。
つこうとしたのだが、脇腹が痛い。
少しだけ寝ていた程度だと思うが、すぐに意識が浮上してきてしまった。
この馬車はお世辞にも広いとは言えない。席だって俺たちの人数分しかなく、当然膝枕してもらっても脚を完全に伸ばすことができないわけだ。つまり、無理な体勢で寝ることになるので体に負担がかかってしまい、逆に寝れなくなってしまった。
一度起きて、やっぱり背もたれに寄りかかりながら寝ると伝えようとしたのだが。
「さて、ソウイチ君もそろそろ寝た頃合いだろう。私から君たちに質問があるのだが、いいかい?」
カンナさんが突然話し始めてしまった。俺が寝たところを見計らっていたようなので、起きるに起きれない。
「ええ、良いけれど何かしら?」
代表してアルミラが答えるようだ。
「回りくどい話し方は好きではないので、単刀直入に聞きたい。君たちは、ソウイチ君とどういう関係なんだい? 誰かと恋人だったりするのかい?」
「こ……こほん、私たちとソウイチの関係は、大切な仲間です」
「本当に? 恋愛感情とかは無いのかい? 今、膝枕してるアルマ君はどうなんだい?」
女性という生き物は、恋バナが好きだと聞くが本当らしいな。気になるから、もう少し様子を見よう。
「わ、私もソウイチのことは大切な仲間だと思ってますよ」
「ふーん、大切な仲間ねえ」
「そうです。大切な仲間です。それ以上でもそれ以下でもありません」
大切な仲間と言ってくれるみんなの優しさが胸にしみる。実は起きて聞いているという罪悪感でちょっぴり心が痛いが仕方ない。だって、この状況は起きれる空気じゃないし。
「それを聞いて安心したよ。これで私も本気で狙えるな!」
昨日までは本気じゃなかったのかい!
「で、でも、昨日初めて会った相手でしょ? 時間もそんなに経ってないし」
「恋の前に時間という概念は無いのさ。一目惚れというやつだ。あの黒髪は良い。美しい」
「……もしかしてですけど、私を助手に選んだのってそういう理由があったりしますか? 先生」
「こほん、というわけだ。君たちがライバルでないのなら、私は遠慮無くこれからもアタックできるというわけだな」
リカさんの質問を華麗にスルーし、怖い話を続けるカンナさんに寝たふりをしながら戦慄してしまった。
ああ、そうだったんだ。今、理解した。俺、攻めるのは好きだけど攻められるのはそんな好きじゃないんだ。
「だ、駄目よ。ソウイチは私たちの大切な仲間なんだから!」
「別に仲間であっても恋仲でないのなら、誰と恋愛関係になろうと関係ないだろう?」
「関係ならあります。冒険者はお互いに背中を合わせながら戦うのです。その背中を預けるべき相手が恋愛に現を抜かしてたら、信頼できなくなります」
「それは、無茶苦茶すぎないかい?」
うん、俺もそう思う。ミリカの話だと冒険者は恋愛禁止になってしまうぞ。
「そもそも、恋の前に時間は関係ないと言ってましたけど、やっぱり必要だと思うんです。最初は友達からの方が」
「アルマ君は奥手だねえ。そんなんだと、男を取られかねないよ。私と同期の子なんかいつの間にか彼氏作ってたし」
なんか、私怨が混じってるような気がする。
そろそろ限界なんだけど、起きても良いかな? ……よし、偶然を装って起きよう。
「ふあ、良く寝た……」
「駄目なの! ソウイチは私たちと一緒にいるって言ってくれたんだから!」
……なるほど、これはあれだな。恋愛感情というわけではなく、お兄ちゃんが誰かに取られちゃうかもしれないという家族的な感情だな。
ちょうど起きたように見えた俺と目が合ったアルミラは赤い顔になり、固まってしまった。
大丈夫。お兄ちゃん、わかってるから。




