自爆
俺に斬りかかってきたはずの目の前の男は、盛大にこけて顔面から地面に激突した。
躱して冒険者の方を押さえつけて無力化するしかない。手加減はできるはずだ。
そんな風に考えていたのだが。
「……体がうまく操作できない。今までこんなことしたことが無いから、移動もままならない。くそ、立ち上がれないぞ」
……拍子抜けも良いところだ。さっきのは、まぐれだったのか。
じたばたしている様子は陸に打ち上げられた魚の様で、見ていると面白い。
大の男が地面にうつぶせになり、手や足をばたばたしているのなんてそうは見られないだろう。
「……こんな相手を憎んでいた自分が恥ずかしくなってきたわ」
倒したい相手があんな様子だと馬鹿馬鹿しくなるのはわかる。
「もっと強くて怖いイメージだったんですけど、あの様子を見てしまうと……」
「さっきまでの余裕からの落差。私の最上級魔法の悉くを受けきった強敵感は見る影もありませんね」
散々な評価をされたアスト=ウィーザは、まだ立ち上がれないようで地面の上でもがいていた。
「くそ、こんなはずでは。あのお方から頂いた能力は絶大だ。そのはずなのに……」
「絶大ではあるけど使いこなせないようじゃ、無意味だよな」
「絶対に君は殺す」
客観的に見た感想を述べただけなのに、なぜこうも目の仇にされるんだ。
このままずっと様子を見る訳にもいかないので、仲間と相談して対処を考えよう。
「どうする?」
「どうするって言われても、良い案が思いつかないわ。苦しめた後に破壊してやりたいとは思うけど」
「この場にある他の剣を全部折って、じたばたしているそこの男を拘束した後、街から離れて剣を折ればいいんじゃないですか?」
「どのくらい離れれば他の剣を依り代にできなくなるかわかりませんし、離れたとしても偶然近くに剣を持った何者かがいた場合、難しいと思いますよ」
「もういっそのこと埋めちゃう?」
「埋めても元の体が再生されたら、掘り起こされる可能性があるよな。ちなみに、操られてる男の人は大丈夫なのか?」
「普通の精神操作なら、大丈夫なはずです。乗っ取られた本人は寝ている状態になっていると思いますので」
「そもそも、剣の損傷具合で依り代にできるものとそうでないものの境界もあいまいですよね。ソウイチの馬鹿力で折られたときに依り代を変えたことを考えると、折れていればさすがに無理だとは思いますが……」
うーん、良い案が出ない。
「とりあえず、他の剣は折っておくか?」
「そうね、そうしましょうか。もしかしたらさっきの言葉ははったりで、周囲にある剣しか依り代にできない可能性もあるしね」
倒れている方々には、後で説明すれば問題ないか。
「そういえば、ここに来る前に斬られてた人たちはどうなったんだ?」
「それでしたら、私とアルマで止血はしておきましたので、問題はないと思いますよ」
ミリカの心配で今まで忘れていたがそれを聞いて安心した。
とりあえず、周囲にあった剣は全部折っておいた。方法はさっきと同じで、かかと落とし。途中から折るのが楽しくなってきてしまった。
「ソウイチが折っている風景を見ていると、それが剣だとは思えなくなってくるわね」
「もはや、生活に支障をきたしそうなレベルの身体能力ですね」
失礼な。きちんと、力の制御はできているはずだ。
「……君は一体何者なんだい?」
いつの間にかじたばたするのを止めて、俺の剣折り作業を眺めながら、問いかけてくる敵。
表情が無いと驚愕しているのか、呆れているのかわからないな。
「何者って言われても、普通の人間としか答えられないぞ」
「普通の人間?」
「普通って、どういう言葉でしたっけ?」
「……本当に人間なのでしょうか?」
「……君たちの絆は素晴らしいね」
剣のくせに皮肉を言うとは思わなかった。
そんなことより、とうとうアルマにまで人間であることに疑問を持たれてしまったことがショックだ。
「さて、いつまでもこんな状態だと勝負すらできそうにないね。そうそう、君たちに言っておきたいことがあるんだ」
勝負できなくなったのは、そちらの誤算だと思うが。
「さっき言った言葉は真実だよ。近くにある街は、僕の有効範囲内だ。そして、この状態だと何もできないと思っていたようだけど、それは勘違い。こういうこともできるんだよ」
そう言うなり、剣が粉々に砕けた。
……え? 自爆?
操られていた冒険者の男は解放されたのか、動かなくなってしまった。
「まずいです!! もしかしたら、自分で剣を破壊して新しい依り代に移った可能性があります!!」
緊急脱出装置まで付いてるのかよ! マジ、チートじゃねーか!




