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ピンチ

「うるっさいわね。いきなり大声で叫ばないでちょうだい」


 暗闇に佇む影からお叱りの言葉を受けてしまった。


 いや、普通に怖かったから。叫ぶのは当たり前だから。


 雲が晴れ、月明りに照らされたその人は昼間の早食い大会の時にドラゴンフルーツを運んでくれた、メイドさんだった。


「あれ、昼間の方ですか? どうしたんですか、こんな時間に……」


 俺のことを心配して、お見舞いに来てくれたのだろうか。それにしては、雰囲気がおかしい気がするが。


「あなたのお見舞いに来たの。いきなり倒れたから心配して……」


 ゆっくりと歩いて、近づいてくるメイドさん。


「そうだったんですか。ありがとうございます」


「体の調子はどう?」


「体が重くて、手や足が痺れますが順調に回復してますよ」


「……そう」


 俺の様子を聞いてる最中ずっと真顔だったため、不気味さが際立つ。


「あの毒を飲んでも生きてるなんて、正直想像してなかった。ウルジナスを一撃で粉砕したから体は鍛えてると思っていたけど、体内まで化け物だなんてそんなの反則だわ。でも、さすがにうまく動けないみたいだし、殺すなら今よね」


 ……なんとなく、そんな気はしてた。だって、こんな夜の時間に病院の2階に忍び込んでくるなんて普通じゃないしな。


 それにしても、このメイドさんが毒を入れていたのか。理由は仲間を……ウルジナスやアスト=ウィーザを殺したからか。


「あんた魔王の幹部か?」


「脳筋の馬鹿かとおもっていたけど、少しは考える頭を持っていたようね」


 魔王の幹部に会う頻度高すぎません? この世界。魔王の幹部がいるんだったら下っ端もいると思うんだけど、遭遇したことないぞ。


「なぜ、貴族のメイドなんかやってるんだ?」


「前言撤回するわ、あなたは馬鹿だったわ。この体の持ち主は本物の貴族付きのメイドよ。私はただ操ってるだけ。この世界の人間の下で働くなんて、死んでも嫌だわ」


 これはまずい。ただ、操られているだけなら下手に手を出せない。


「このメイドを殺さないの? できないわよね。同じ人間同士だものね。……あなたの身体能力は人間とは思えないけど。あ、今はできないか、毒で弱ってるし」


 言葉のやり取りをしているうちに魔王の幹部に操られたメイドさんは、俺のすぐ横に来ていた。


 なんとか時間を稼いで打開策を考えないと。


「俺を殺すのなら、殺される相手の名前くらいは知っておきたいんだが」


「今から死ぬ人間に教えても無駄でしょう?」


 そう言うなり、どこに隠していたのかサバイバルナイフのような刃物を取り出し、突き刺してきた。


「ちっ!」


 とっさに枕でガードしつつ、出口である扉に向かって駆ける。


「今の体が重いあなたなら、追いつくのも容易……なっ!!」


 フリをしつつ、メイドさんに飛び掛かった。


 や、柔らかい。


 いくら体が怠く痺れがあろうとも俺の筋力は伊達ではない。ならば、闇雲に逃げるよりも相手を押さえつけた方が安全だ。


 なんとか後ろ手に拘束し、ベッドに押し倒せた。


「くっ。なんて馬鹿力。振りほどけない。本当に毒を飲んでいたのよね?!」


 構図が非常によろしくない状態だ。真夜中の病室のベッドに倒れ込んでる男女。しかも、男が女を押し倒している。誰かに見られたら、絶対に誤解されるな。……誰もいないけど。


「なあ、疑問に思ったこと聞いても良いか?」


「……」


 沈黙は肯定と見なそう。


「お前が操ってるメイドさんは、今の状態を知覚してたりするか? えーっと、意識があったりとか……」


 返事が無いので、拘束している手をゆっくりと相手の肩の方に上げていく。


「意識も無ければ、記憶にも残らないわ。私が操ってる間の記憶は全くね。あと、痛いからもう少し緩めてもらえないかしら? 女性に対して乱暴するなんて男としてどうかと思うわよ」


 良かった。このメイドさんの意識があったら、トラウマを植え付けるところだった。


 仕方なく、腕を戻してやる。


 そして、今のやり取りで痛覚は共有しているのがわかった。


「毒はどこに盛ったんだ? ドラゴンフルーツか?」


「いいえ、あなたの飲み物よ。近づいたときに入れたの」


「あの時にか? 結構注目されていたと思うんだが?」


「だからこそよ、あんな注目されていたら普通は私が犯人だなんて思わない。……もっとも、毒を見つけることすらできなかったみたいだけど。もう処分したから、証拠は見つからないと思うわ」


「もし、あの時俺が注文しなかった場合はどうしたんだ?」


「適当な理由をでっち上げて、あなたに近づくつもりだったわ」


 なるほど……。


 あ、やばい。大事なことを思い出した。


「どうしたのかしら? 震え出したみたいだけど……」


「……」


「え、何? 聞こえないわ。男だったら、はっきり言いなさい」


「トイレに行きたい」


「……は?」


「このやり取りで忘れていたけど、ほっとしたら急にきた。我慢ができない」


「ちょ、ちょっと待って。ま、まさか、ここでする気?」


「しょうがないだろ。拘束してないとお前俺を殺すだろ」


「ええ、この手を緩めた瞬間に殺すわ」


「なら、緩めるはずないだろ。やばい、限界が……」


「ま、待ちなさい。まだ、我慢できるでしょ?!」


 今の状況はお互いに体が密着している状態だ。こんなに焦るということは、触覚も共有しているみたいだな。というよりも、憑依に近いのかもしれない。


「い、一時休戦しないか? すっきりしてから、再戦ということで」


「……ええ、わかったわ。一時休戦ね」


 そして、俺が拘束を緩めた瞬間。


「引っかかったわね。そんなの私が守るわけないじゃない」


 身を翻し、俺と正面から向き合う形となったメイドさん。


 予想通りの反応だっため、今度は手首を掴み、押し倒した。


「さっきよりも状況が悪化してるじゃない!!」


 その状況にしたのはあなたですよ?

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