ルール変更
なんて恐ろしい料理だ。一口食べただけで、この様とは……。
一口食べた俺は、あまりの激痛になぜか謝り続けてしまった。痛みが治まるまで周囲の状況が全く入ってこないくらいだったので、相当だったのだろう。痛みが無くなった時の周囲の状況はとても混沌としていた。担架で運ばれていく者、机に突っ伏している者、水を大量に飲んでいる者。
貴族の道楽にしても、これは勘弁していただきたい。
「えーっと、参加者の皆さん、大丈夫ですか?」
ほんわかさんもこちらの状況を見て、困惑していた。
これはもう、中止にするべきでは?
「あらあら、この街の冒険者の方は全然大したことないんですのね」
ヴィオラさんはこちらを挑発するように言葉を発したが、正直こんな料理は食べれる代物ではないと思う。
現に周囲の冒険者は言い返すこともせず、俯いたままだ。
「王都の冒険者の方は、涙を流しながら食べていましたのに……」
王都の冒険者の方、可哀想に……。
「困りましたね。この程度では……。他の料理もぜひ召し上がって欲しかったのですけど。ギルドマスター、少しよろしいでしょうか?」
顔とは裏腹に困ったというヴィオラさんがギルドマスターを呼び、なにやら2人で話し始めた。
なんだ、中止にでもするのか?
もう300万ルドは諦めて、コツコツと稼ごう。30万ルドも何とか用意できるだろう。
完食は諦め、席を立とうとしたのだがその前にギルドマスターが声を上げた。
「あー。てめえら、よく聞け。今から、この早食い対決は5品あるうちの1品を先に完食できたやつが300万ルドを手に入れることができるようになった。頑張れよ」
なんだって!!
「最初に出たラグーは辛い料理だったが、他の料理は違う味をしている。各々の判断で選べ。ただし、選べるのは1度きり。頼んじまった場合、変更できねえからな。慎重に選べよ」
そういうことなら、希望が出てきたぞ。
他の参加者も希望が出てきたのか、俯いていた顔をばっと上げ、目には力を取り戻している様子だった。
「では、料理の説明をさせていただきますね。2品目にお出ししようと考えていたのが、野菜の盛り合わせになります。特製の調味料が良い味間違いなしです。3品目はスープとなります。少しこってりとした味付けですが、良い味間違いなしです。4品目が本日のメインディッシュとなるお肉を使った料理です。肉厚なステーキですので、日ごろ体をお使いになってる冒険者の皆様にぜひと考え作ったので良い味間違いなしです。5品目、最後の料理はデザートとなります。ほど良い酸味があり、それでいて甘さもあるフルーツを使ったものですので、良い味間違いなしです」
……どうでもいいことかもしれないが、最後に必ず良い味間違いなしと付けられると逆に怖い。
ヴィオラさんの説明を聞き、大半の参加者が一斉にスープを注文した。そりゃ、そうだ。飲んでしまえば、それで完食。こんなにおいしい料理はない。……と、思うのだが絶対罠な気がする。
説明を聞いた俺はすぐには料理を頼まず、他の冒険者を観察することにした。300万ルドは手にしたかったが、この際30万ルドを払わなくても良いように慎重に選ぼう。自分の命が大切だ。すぐに注文しなかった他の冒険者は、俺と同じ考えのようで事の成り行きを見守っていた。
結果的に俺の判断は正しかったようで、運ばれてきた料理を見る冒険者の顔は絶望に歪んでいた。
「あ、あのー。ヴィオラ様。あのスープは……」
「はい。まず、冷めてはせっかくの料理も美味しくなくなってしまうと考えましたので、常時温度を保つ専用の容器を使用しました」
この料理のために専用の容器を使うとか。さすが、貴族。
運ばれてきたスープは分厚い黒色の容器に入っており、ぼこぼこと煮えたぎっていた。
熱そうだな……。良かった、注文しなくて。
「そして、隠し味には……ある魔物の骨を使っております。人によっては、体の一部が石化してしまうかも知れませんが命に別状はありませんし、リフェル様のポーションで回復できますので何も心配ありません。何よりも美味しいですから、どうぞ召し上がってください」
本当に良かった。注文しなくて。
「……解説ありがとうございます」
他の料理を頼もう。
俺がどの料理を注文するか悩んでいると、いつの間にか注文したのか、ブランの前にはステーキが置かれていた。一見すると美味しそうに見えるが……。
「ふん、さっきはあまりの辛さにおかしくなるかと思ったが肉料理なら完食できる。見たところ、普通のステーキみたいだな。しかも、量が少ない。これなら、二口で食い切れそうだ」
そして、そのステーキを切り分け、口に運ぼうとした瞬間を見計らっていたのかヴィオラさんが解説を始める。
「本日のメインディッシュを頼んだ方がいらしたので、解説したいと思います。本日のステーキに使用したお肉はもちろん魔物の肉を使っていますが、美食家の方から譲り受けたものを使っております」
不穏な空気が場を支配した。
「そのお肉はある地方に生息している魔物で、洞窟の中で生活してます。この周辺にはいない、大変貴重な魔物です。さすがに名称は出しませんが、別名は……暗闇に潜む腕です」
ヴィオラさんが別名を言った瞬間、ブランは肉が刺さったままのフォークを勢いよく机に捨て、立ち上がるなり棄権を宣言した。
周りの冒険者の顔も青褪めており、観客席からは悲鳴が上がった。
……一体、どういった魔物の肉なんだ、これ。
絶対、注文しないようにしよう。




