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貴族

「あーっと、いきなり脱落者か!! 獣人の参加者は白目を向いて気絶してしまった!!」


 ほんわかさん、ノリノリですね。


「解説のレストーリン様、これはどういうことなのでしょうか?」


 いつの間にか、解説になってる貴族のヴィオラさん。


「ヴィオラで構いませんよ。これは、おそらく料理に使用したある素材が原因だと思いますわ。……ふふ」


 なぜか、すごく良い笑顔なヴィオラさん。


「その素材をお聞きしても?」


「ただの香辛料ですよ。最初の料理ですから、食欲をそそるようなピリッと辛いものが良いと思ったので……。さすがに料理のレシピは言えませんが、その香辛料は別名獣人殺しと呼ばれているものです」


 何、その物騒な別名。というか、おそらくと言ってたけど確信犯だろ。 


 倒れた獣人の人は担架で運ばれて行ったのだが、口をだらんと開け舌が出ていた。まるで、死人のようだ。


 周りの参加者を見てみると蓋を開けてから全く食べる気が起きてこないのか、固まったままだった。誰もスプーンを持たない。観客席を見てみると、すごい引いてる。憐れみの視線が、参加者に向けられているのがわかった。


「ふ、ふん、獣人殺しと言っても、そんなに入れてないだろう。そ、そんなものに怖気づくわけにはいかない。ただの赤いラグーだ。そう、ただ、色が赤いだけ……」


 寡黙だと思っていたブランが、流暢にべらべらと喋り出した。自分に暗示をかけているように。


「あ、あのー。ヴィオラ様、失礼ですがこの料理は大丈夫なんですよね?」


「はい、大丈夫ですよ。私も味見をしましたし、毒も入ってませんので」


 俺たちが食べ始めないからか、ほんわかさんがヴィオラさんに質問して場を取り持ってくれた。


 これ、味見したのか。


 赤い色のラグーという料理に顔を近づけると、目が痛み、鼻の奥が痛くなってきた。


 ……これ、本当に食べれるのか?


 と、料理を見ながら考えていると。


「ふ、ふん、俺は完食して、300万ルドを勝ち取るんだ!!」


 ブランがスプーンを持ち、ラグーを掬い、一気に口に入れた。


 すごい。でかい図体に見合った豪快さだ。


 勇猛にもラグーを口に入れたブランはカッと目を見開いた後、動きが止まってしまった。


 心配した俺は、ブランに声をかけようとして気づいた。ブランが尋常でない汗をかいていることに。


「お、おい。ブラン、大丈夫か?」


 返事が無い。


 他の勇気ある冒険者も次々に食べ始めるが、皆一様にブランと同じ状態になっていく。


 こえーよ、どんな料理だよ!!


「ふふふ……」


「ど、どうされましたか? ヴィオラ様?」


「いえ、私の料理を次々と食べていただけるのが嬉しくて、つい……」


 料理人としては自分の作った料理を食べてくれる人を見るとやっぱり嬉しいものなのか。そりゃ、そうだよな。腕によりをかけたと言っていたし。もしかしたら辛党の人なのかもな、ヴィオラさんは。……よし、食べるか。美人の手作り料理だと思えば、多少辛くても何とかなる気がする。


「そ、そうでしたか。やはり、料理人として」


「ふふふ、あの料理を食べてくださった人の顔……ふふふ」


 いや、絶対違う。あの顔は違う。


 腕によりをかけて作った料理が食べられて嬉しいという顔ではない。もっと、別の顔だ。


「ああ、良いですわ。あの表情……ぞくぞくしてきました」


 あかん。これは、あかん。


 参加者だけでなく、観客も全員がドン引きだ。


 完全に騙された。礼儀正しい、素敵なお貴族様かと思ったら……。中身はこんなか。想像していたのと違ったのは良いがこれも嫌だ。


「うわー……、あ、こほん。さあ、この激辛料理を先に食べ終えるのは誰なのか。これは盛り上がってきました!」


 無理に盛り上げなくても良いと思うよ、ほんわかさん。参加者は盛り上がらないよ。逆に盛り下がってるよ。


「俺、これ完食したら教会に懺悔に行くんだ」


「もう、お袋の作った料理なんて怖くない」


「ふざけるな、こんな料理食ってられるか。30万が何だってんだ。ちくしょう!」


 そこかしこでフラグが乱立している気がする。


 くっ、食べるしかないのか。……いや、待てよ。この世界に来た俺は身体能力が格段に上がっている。なら、激辛料理くらい食べても案外平気なんじゃないか。そうだよ、魔王の幹部を簡単に屠れるくらい体が強くなってるなら、何も怖がることなんてないじゃないか。


 そして、ラグーをスプーンで掬い、一気に口に放り込んだ。


 観客席にいる仲間からは手を伸ばされていたり、ドン引きしたままの顔で見られていたり、口を手で覆ってこっちを見ていたりするが俺は平気だよ。だって、俺チート……。


 ああああああああああああ!! ごめんなさい!! 本当に調子乗ってました!! すいません!! マジ、すいませんでした!!


 口の中が破裂したような激痛に襲われた。


 俺は動くこともできず痛みに耐えるしかなく、誰にともなく謝り続けていた。

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