お祈り
冒険者ギルドに再度集まる前日、俺は教会に来ていた。
シンシアさんに聞いておきたいことがあったためだ。
「おや、ソウイチ。教会の前でどうしたんですか?」
「……どちら様でしたっけ?」
目の前には栗色の髪を肩まで伸ばし、薄い赤色の瞳をしている女性が……。
「どうやら、無知だけでなく記憶力も残念なようですね」
「冗談だって……。ミリカ、魔術師の格好はどうしたんだ?」
目の前のミリカは普通の服を着ていた。手には箒を持ち、教会の前を掃除していたようだ。
「いつもあんな格好をしていると思っていたんですか?」
「思ってたけど……」
魔術師といったらあんな格好をしているものじゃないのか?
「そんなわけないじゃないですか。私だって、普通の格好をしますよ。私は杖を使わないので、魔術師ということを周知できるようにしていた結果です」
「あの服には魔術的な効果は無いのか?」
「特には……」
てっきり、普通の服より魔術的な補助効果があると思ってた。何より、この異世界でそんな打算めいた言葉は聞きたくなかった。
「ま、そういう話をしに来たわけじゃなかったんだが、体調の方はどうだ?」
「魔力はこの眼を見ていただければわかると思いますが、順調に回復してますよ。明日には完全回復してると思います。体調に関しては問題ないですよ」
「それを聞けて安心した。明日からもよろしくな」
どうやら、ミリカは問題ないらしい。あらかじめわかっていたとはいえ、目の前で気絶されたり、自力で歩けない状態だとどうしても心配だった。
「私のことが心配で来てくれたんですか? ソウイチは心配性ですね」
「仲間だしな。あらかじめ聞いていてもやっぱり心配だったんだ」
「私を誰だと思ってるんですか?……でも、ありがとうございます」
笑顔でそういうミリカを見たら安心したので、シンシアさんがどこにいるのか尋ねた。
「それでしたら、中庭の方にいると思いますよ」
シンシアさんに聞こうと思っていたことの1つが解消した。
「あら、ソウイチさん。いらっしゃってたんですか」
中庭に着き、シンシアさんを探していたら声をかけられた。中庭は、大きな岩があったとは思えないほどに修復されていた。
「今日はどうされましたか? お祈りですか?」
「いえ、いくつかお聞きしたいことが……」
「聞きたいことですか?」
「神託についてです」
魔王が邪神を召喚しようとしているので止めてくれ、と神託が下ったのは聞いたが。
「なるほど。いつ神託が下ったのか。また、期限は伝えられたのかを知りたいんですね」
大事な部分をミリカから聞き忘れていた。
ミリカから聞くのも考えていたが、やはりここは専門の方から聞けば確実だろう。
「神託が下ったのは5年前、期限は10年以内には召喚はなされると伝えられています。ですので、あと5年以内には邪神が召喚されるということですね」
あと5年か。それで、世界は滅びるってのか。
「その魔王が邪神を召喚する目的は何でしょうね。世界を滅ぼしたら、自分たちだってただでは済まないんじゃないですか?」
「目的はわかりませんが、魔王や幹部などは長い年月を生きていると言われています。実際、本当なのかは知りませんが。それで、生きていることに疲れてしまったとかでしょうか」
何、その世界規模の破滅願望。迷惑過ぎるだろう。
「……現存する魔王は4人で減ってないんですよね?」
「ええ、魔王の城があるのは確認されてるんですが、どうも近づけないみたいなんですよ。魔王本人も目撃情報はほとんどありません」
魔王は引きこもりでコミュ症なのか。
「神託はあの像の女神様からなんですよね?」
「そうですね。女神エルドレーネ様からの神託だと言われてますね」
「言われてる?」
「ええ、名前をその神官は聞かなかったとのことです。ですが、女性の声だったと言っていたので間違いではないと思いますよ」
この世界の女神は1人だけなのか。
「ありがとうございます」
「お役に立てたのなら良かったです。どうです? お祈りしていきませんか?」
「お祈りの作法知らないですよ」
「作法はいりませんよ。お祈りすれば、きっと神に届くはずです」
「……わかりました」
俺は教会の祭壇の前に移動した後、手を組み神に祈った。
この世界に転移させたのはエルドレーネ様ですか? 目的を教えていただけませんか?
祈りというより、問いかけになってしまった。
『……汝は前を向いて歩いていきなさい。ただ、パーティーメンバーの天才魔術師のことは敬い、献身的に尽くすことで幸せになれるでしょう。具体的には喫茶店で色々奢るといいでしょう』
……。
周囲を見回したが誰もいない。祭壇の後ろをそっと、覗いてみるとミリカがいた。
「あー、忙しい。祭壇を磨くのにとても忙しいですね。あ、ソウイチいたんですか?……ぷ」
白々しい。あと、少し笑ったな。




