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黄昏時

 ヒプノさんには「友人なら」ということで了承してもらった。その際、


「……ゆっくりと距離を詰めていけばいいんだわ。がっつくと引かれるものね」


 などと、ぼそっと言っていた。


 いやいや、すでに結構がっついてると思う。ドン引きなレベルで……。


 なんて言葉に出そうものなら、面倒なことになりそうだったのでそんな気持ちを俺は心の中に押しとどめることにした。




「全然見つからなかった……」


 あの後、ヒプノさんの管轄(自称)に群生していたムスブ草を諦め、他の場所に生えていないか探すことになったのだが、一輪とて見つけることができなかった。日も傾き始めたので、今日のところはこれで終わりとなったのだ。


 そんな現実に落胆するかのようにゴンド少年が暗い表情で呟いた。


「仕方ないわ。また明日探しましょう」


 そう言って慰めているシンシア嬢を見ていると、未来の関係も頷ける気がする。


 ちなみに、ヒプノさんは百輪のムスブ草が生え揃う運命の瞬間に立ち会えないとまた婚期が遅れると言い、あの場所から動かない宣言をしていた。恐るべし結婚への執念である。


「そうだな! まだ結婚式まで日はあるし、明日頑張るか!」


「うん!」


 共に励まし合ってる光景を見ると心が温かくなってくるな。


「あ、変な兄ちゃん。そろそろ村だから、俺たちはここで別れるよ。色々とありがとな!」


「村にはこの道を真っすぐ歩いていけば着きます。今日はありがとうございました」


 俺に対してお礼を言う二人。もうそんな場所まで歩いたのか。


「いや、困ってる子供がいれば助けるのが大人の役目だから、気にしないでくれ。あ、そうそう明日もムスブ草を探しに行くんだよね? 見つかるまで手伝うよ」


「え、でも、そんな悪いですよ」


 シンシア嬢が遠慮がちに言ってくるが、子供だけで魔物が跋扈する(しているだろう)森に行かせるわけにはいかない。


「今日みたいに魔物に襲われたらどうするんだ?」


「そん時は俺がシンシアを守る!」


 当然の疑問にゴンド少年が即座に答えた。


「おお、ゴンド少年は強いんだな。けど、危険は最小限にしたほうが良くないか? 俺と一緒にいれば魔物には遭遇しないんだし。一緒にいてわかったろ?」


「う、確かに……」


 フォレスト・アントたちに囲まれた記憶がちらついたのか、思い直すような顔つきになった。


「本当に良いんですか?」


「もちろん!」


 躊躇いがちに聞いてくるシンシア嬢に力強く頷いた。


「……なら、また明日もお願いします。あ、これって依頼になるんですか?」


「え、聞いてないぞ! 俺たちお金持ってないし、まさか最初からそれが目的だったのか?! 金目当てか!!」


 ひどい言われようだ。俺には、莫大な貯金が……。あれ、この時代には俺の貯金も、いや、それどころか冒険者カードだって登録していないから、使えないのでは?


 ……あ、財布もないことに気づいた。気づいてしまった。


 今の俺の状態は正に、一・文・無・し!!


 やばい、宿に泊まることすらできないぞ。


 あれ、そもそもこの十六年前に来た理由って――厄災を止めるためだった!!


 まずい、忘れてた!!


「ど、どうしたんだよ。変な兄ちゃん。黙り込んじゃって」


「い、いや、なんでもないよ? とにかくお金目当てじゃないから、依頼としてではなくて普通に善意として受け取ってくれ」


「お、おう、そうなのか? ありがとな、変な兄ちゃん」


 変に焦っていた俺をゴンド少年が訝しげな顔で見てくるが、こんな話をしたところで理解できないだろう。


「じゃあ、俺たちはここで」


「また、後で」


 と会釈してくる二人に対して、手を挙げて応える。


 あ、勝手に村の外に出ていたことを保護者に報告するつもりだったから、別れる必要なかった。……まあ、いいか。村に入れたらきちんと報告させてもらおう。


 今まで歩いてきた舗装された道から外れ、足首まで伸びている草を踏みつぶしながら歩いていく二人の背を見つめながら今後の予定を考える。


 どうしよう。これから起きるであろう厄災に対する知識が何もない。誰か、事情を知っている人がいてくれれば心強いんだけどな。


「考えていても仕方ないか。まずは村に行って今日の寝床を確保することを優先しよう」


 今日くらい猶予はあるだろう。ゆっくり寝て、明日考えよう。


 楽観的に考え、ゴンド少年たちが暮らす村を目指して歩みを進めようとした時、


「あなたがソウイチ、ですね」


「うわっ!!」


 目の前に突如として、一人の少女が現れた。


 前から歩いてきたわけではなく、瞬きをした次の瞬間には目と鼻の先にいた。しかも、あと少し前に移動していたらぶつかる距離で。


「だ、誰だ?!」


 サッと飛びのき、その現れた少女を見つめるとその顔に見覚えがあった。


「エレさん……?」


 そう、淡い緑色の髪を三つ編みにまとめ、眼鏡をかけた少女。時間が目まぐるしく変化していた空間を管理している十二つ子の一人に。


「エレを知っているということはそういうことなんですね。御存知だとは思いますが、私たちは十二つ子。そのうちの一人、私に与えられた名は”ヘス”と申します。以後、お見知りおきを」


「はあ、どうも」


 丁寧に頭を下げられ、つられてこちらも頭を下げる。


 エレに会った時と比べるとえらく対応が違うな。


「さて、この時間に来たということは、前任者様から厄災を止めて欲しいと頼まれた、ということで合っておりますか?」


「まあ、そうだな。ただ、その厄災の内容事態を知らないんだけど。話を聞いた感じ、行けばわかると言われて」


 前任者からはそうとしか言われなかった。


「そうですね。私はそのための説明役といったところでしょうか。これから何が起こるのか、そしてあなたにどうしてほしいのかを説明いたします」


 それはありがたい。ちょうど説明してくれる人が欲しかったんだ。


「すべてはあなたに掛かっているのです。もし失敗したら、この世界は滅びます」


 一気にシリアスな展開になったな。これは気を引き締めないと……と思ったが、俺はあることに気づいた。

 

「あれ、俺は未来から来たことになるんだよな? なら、この世界は滅んでいないことになるんじゃ?」


 俺は未来から来た。なら、ここでの出来事は問題なく解決したということになるんじゃないのか?


 その結果が元居た時間なんだろうし。


「誤解しないでいただきたいのですが、未来があったからといって過去の出来事が確定しているとは思わないでください。詳しい事情は省きますが、過去の改変は案外やろうと思えばできるものなのです。特に、この時間は隔離状態ですから容易く未来は変わりますよ。あなたがいた未来があったから、ここでの出来事は絶対に解決できる、と思わないでください」


 責任重大じゃねえか!! 


 たらりと頬に汗が垂れたような気がした。

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