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時間

 十六年前に行ける場所まで案内する、というエレの後についていくこと数分。前に進んでいくにつれて、俺は変な感覚を味わっていた。

 

 地面といえるのかはわからないが、こうして足で歩いているというのにどこか浮遊感があるのだ。


 一人で歩いていた時はこんな感じはしなかったはず。……でも、考え事していたから気づかなかった?


 そんな不思議な感じに内心で首を傾げていると、エレから言葉を投げかけられた。


「さきほどの前任者の件ですが、私たちの片割れが声をかける前まではあの場にいたのですか?」


「え、いや、話をしたところから数分くらいかな、歩いたところだよ。前任者の爺さんと話し終わって目的の時計を探していたところで、あの子が俺に声をかけてきた感じだ。その時、ちょっと考え事をしてて呼ばれていることに気づけなかったんだけど。そのせいで大声を出させてしまって、ちょっと悪いことしたかな」


「その点についてはお気になさらず、ある種の発作みたいなものですので。しかし、歩いて数分とはどうして数分だと思ったのですか?」


「どうしてって。体感的に?」


 この空間に時計があるとはいえ、すべてがばらばらの時を刻んでいる。ならば、自信の体内時計を信じるしかあるまい。


 俺の答えにエレは歩みを止めたかと思うと、振り返り驚きの言葉を発した。


「この空間に数分などという時の変化はありませんよ。少なくとも今歩いてきた時間ですら、数年単位で変化しています」


「……数年単位?」


 ちょっと、意味がわからない。さっきからまだ数分くらいしか、時間は経っていないと思うのだが。


「冗談だろう? もしかして、今話をしているだけでも――」


「この付近では13年の時が流れました」


「13年?! え、じゃあ、俺の見た目も変化しているのか?!」


 驚きのあまり咄嗟に自分の手を見てみるものの、変化をしているとは思えない。仮に13年の時が過ぎていれば、さすがに何かしらの変化が起きているはずだ。それに、その間俺は食事をとっていないということになるから、栄養失調とかで死んでるんじゃ……。


「あなたの見た目は変わっていませんよ。そもそもこの空間に普通の人間が迷い込めば、その時点で即死です。エルドレーネ様からの知識では、すべての人間に共通して時間に対する免疫を持っていないとのことですので」


「そ、即死?!」


 あの爺さん、なんてところに導いてくれやがったんだ!! そして、そんなことを平然とした態度で説明しないでもらいたいのだが。


「ん、でもおかしくないか? 俺、生きてるよな?」


「はい、ここで死ぬと一瞬で塵になって消えますから、生きていると言えますね」


「……即死しない人間がいたりとか」


「先ほども述べましたが、この世界にいるすべての人間は時間に対する免疫を持っていません。例外なく、体が耐えられず即死すると思われます」


 きっぱりと俺の目を見ながら、力強く言い切った。困惑する俺に対して、


「だから、会った時に問いました。”何者ですか?”と。では、改めてお聞きします。あなたは何者ですか?」


 初めて会った時の問いを再度繰り返し、真剣な目で俺を見定めようとしているのが言葉の端々から感じられた。


 そんなことを言われても、自分の中では俺は普通の人間のはずなんだが……。この世界に来てから若干、疑わしくはなってきているが。


 ……この、世界の人間。そうだ、エレが言っていたのは、この世界の人間だ。なら、俺はこう答えればいい。


「俺は異世界から来た人間だ」


 この世界の人間は時間の免疫を持っていなくても、異世界から来た人間なら大丈夫。


 何の根拠もないが、現状からしてそういうことだろう。


 俺が自信満々に答えると、


「……? 異世界の人間は時間に対する免疫を持っているのですか? 目まぐるしく変わる時間に体が耐えられると? 年単位で何も食べなくても生きていけると?」


 至極当然の疑問で返された。まあ、当たり前だよな。だけど、その疑問に対しての返答は用意済みだ。


「魔王、と呼ばれている異世界人がいることを知っているか? それが答えだ」


 そう、四百年という膨大な時間の中で同じ容姿を保っているということは、時間に対して免疫力を持っているからこそだろう。


「容姿のことを言っているのであれば、それは人工的にではありますが作られた神と繋がっているからでしょう。あの方たちでさえ、何も食べずに生きるというのは不可能ですよ」


 ……え、そうなの? じゃあ、俺って一体?


「……俺って人間じゃないの?」


「……私に聞かれましても」


 ごもっとも。


 二人して無言になってしまったこの空間で、いたずらに時が過ぎていく。おそらく、年単位で。


「まあ、良いでしょう。あなたが十六年前というピンポイントな年月を指定したということから、追及はしません」


「……気になっていたんだけど、なんで十六年前にそんなに反応するんだ?」


 さっきの会話で態度が変わった理由について、ずっと気になっていた。なぜそこまで、十六年前にこだわるのかを。爺さんの話では、厄災が起きるという話だった気がするけど……。


 エレは俺の質問には答えず、今まで歩いてきた道を引き返し始めた。


「あれ、そっちは今来た道――」


「すいません。試すような真似をしてしまったことを謝罪します。こちらは未来の時間になります。過去に行きたければ、逆側に進む必要があるんです」


 未来または過去へ行ける時計が設置されている場所は違うわけだ。


 おそらく俺の正体を確かめるために、あえてここまで来たんだろうな。でも、無駄足に終わってしまったと。


「あなたは、前任者に会ったという場所を覚えていますか?」


「え、えーっと……、確か椅子があったと思う」


「椅子? そんなものはこの空間内にはありませんよ」


「でも、確かに爺さんは椅子に腰かけていたぞ。普通の木製の椅子だ」


「……では、質問を変えましょう。あなたは前任者に会ったという場所から進みましたか? それとも戻りましたか?」


 やばい、そんなこと考えずに出鱈目に歩いていた。どうだったか、と考え込んでいると得心がいったという声音でエレが呟いた。


「理解しました。その前任者は――いえ、前任者様は、ご本人だったのですね」


 一人で納得しないでこちらにもわかるように説明を要求したい。


「ここは時間が変化する場所。位置によって、この世界の時間における基準は違う。時間の管理を司っている私たちの誰かとあの場で会うことを見越した上で、十六年前と言ったのですね。これでようやく謎が解けました」


 俺の心情を察してなのか、それともただの独り言なのかはわからないがなんとなく理解できた。


 つまり、あの爺さんは本当に神様だったわけだ。


「さあ、着きましたよ」


 エレの案内の元、着いた場所には鎖で雁字搦めにされた時計の文字盤があった。俺くらいの高さがある文字盤には十六の文字があり、逆向きに針が進んでいる。

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