前任者
カチリ……、カチリ……、カチリ……。
なんだ、この音。魔王さんの居城にある時計の音か? ……って、え?
意識が戻った俺の目の前には、摩訶不思議な空間が展開されていた。
床は一面真っ白で普通そうに見えるが、壁や天井には引き延ばされたように見える薄っぺらい時計らしきものがいくつもあり、各々が別々の時を刻んでいる。時計の形はそれぞれ歪で、逆に回っているものまである。
西の魔王さんの居城に移動させられたのかと思ったら、おおよそ人が暮らしているとは思えない場所で一人突っ立っていた件。
一体、ここはどこ? 周りを見ても人の姿はなさそうだが……。
「……ようやく、気が付いたようじゃのう」
「えっ!?」
誰もいない空間かと思ったら、気づいていなかっただけで俺の数メートル先には一人の老人が椅子に座っていた。
普通は気づくはずの距離なのに、気づけなかった。
おかしい、あんな存在感たっぷりの老人を見過ごすなんてこと、あるだろうか。変な空間とはいえ、今はこんなにもはっきりと見えているのに……。
見た目は白装束を着ている普通の爺さんっぽいのだが、オーラがただものではない。ただ、座っているだけなのに、こちらを圧倒する何かがある。例えるなら、そう、神様みたいな。
「あ、あなたは――」
「わしはこの世界の前任者、といえば理解してくれるかのう? ここに導いたのは、色々とやってほしいことがあってのことじゃ。じゃから、あの空間を飛び越えることができる嬢ちゃんの能力に干渉させてもらった。異世界から来てくれたお主にすべてを託すのは申し訳ないと思っておるが、もう時間もなければ力も失ってしまったわしには他に術がなかったのじゃ。すまぬのう、お主が消えることになりかねないというのに」
俺が誰何しようとした言葉に被せるように、立派な白い髭を撫でながら爺さんが長い話をしだした。
いきなりのことに面食らって、返す言葉が即座に思いつかなかった。だが、それも仕方のないことだと思う。
前任者? 異世界から来てくれた? いやいや、それよりも俺が消える? ……どういうことだ。と、俺の頭は、情報量過多により処理落ちしていたのだから。
「それと、今のわしはお主をこの空間に呼んだ瞬間に、前もって記録していた情報を流しているだけに過ぎん。お主からの問いには答えることはできず、話も一度しかできない」
一度しか話せないのなら、馬鹿でもわかるように一つ一つ丁寧に解説をして、ゆっくり話してくれないものだろうか。
「今わからなくとも、心配することはない。これから行く場所なら、現状を理解することは可能じゃ。そこでゆっくりと理解してくれればよい」
まあ、後で理解できるのならいいか。しかし、どこに連れていく気だ? この爺さんが普通なところに案内するとは到底思えないが。
「まず、お主には十六年前に行ってもらい、厄災を止めてもらいたい」
……十六年前? いきなり無茶苦茶なこと言いだしたぞ。俺にタイムスリップしろと? しかも、厄災って漠然としすぎている気がする。
「そして、この時間に戻ってきたら、とある本を探してもらいたい。わしの力の及ぶ範囲なら、どんなことでも一度だけの制限で叶えることのできる本じゃ。ただ、その隠し場所はちと難しくしておる。悪用されては目も当てられんからの。十六年前に行けば、その本の在り処と探す方法がわかるはずじゃ」
そして、本探し、と、か……。……あれ、俺、その本、知っているような。
「最後にその本を使って、不安定な世界に落ちてきてしまった四人を元の世界に戻してあげてはくれんか? それくらいの力は、込めることができたはずなのじゃ。本来なら、わしがすべきことなのじゃが、どうか……どうか、わしが望んでしまったが故の過ちを正してほしい」
座りながらも深々とお辞儀をして、俺に嘆願してくる爺さん。表情こそ見えないが、その言葉から悔恨の念に苛まれているのがひしひしと感じられた。そして、それは俺も同じこと。
もしかして、俺は知らないうちに取り返しのつかないことをやらかしてしまっているのでは……、いや、きっと、あの本は違う。違うはずだ。……探そう。――探そう!!
「それで肝心な十六年前への行き方じゃが、逆回りの時計を探して”十六の文字盤”に針が合った時に飛び込む。それだけじゃ」
ふむふむ、”十六の文字盤”に針が合った時、ね。つまり、四時か。
「頼む。お主がいた世界とは違う世界なのじゃが、どうか我が子らも守ってやってくれ」
それだけを言い残し、爺さんはすうーっと消えた。
「唐突に現れて、すぱっと消えちまった。そもそも、俺が協力する前提でずらずらと言葉を並べ立てていたけど、非協力的だったらどうしていたんだか。……いや、それがあり得ないことなのは自分でも理解しているけど」
本当にどうなっているんだろうか、俺の思考回路は。まるで普通の人間ではないみたいな……。
考えるのは後回しにして、まずは逆回りの時計を探し始めようかな。




