一区切り
なんとか無事に戦闘を終えることができた。ちょっと蹴られた腹部が痛いが動けないほどではない。……いや、かなり痛いな。
戦闘が終わったことで緊張していた体から力が抜けたのか、痛みも感じる余裕が出てきたようだ。
ロセルは立ってすらいられなくなったのか、地面に片膝をついているし、もう戦えないだろう。
「とりあえずは一安心ってところか」
「動けなくしたくらいで、もう勝った気? 舐められたもの。天使化した私たちは魔法を使えないけれど、別の攻撃手段を持っている。……我が元に現れ――」
「……!? ソウイチ!! 彼女の意識を奪ってください!!」
焦ったようにロセルの意識を奪えと言ってくるアルマの声音は、今まで聞いたことがないほどに切羽詰まっている感じがした。
アルマがここまで焦るということは、結構まずいんじゃないか?
と、すぐさま行動に移そうとした俺の耳に、この場の雰囲気に似つかわしくない穏やかな拍手の音が聞こえてきた。
「いやー、お見事ですね。どういう手段でロセルを無力化するのか楽しみにしていましたが、まさか暗器による毒とは。その増幅させる魔道具に興味があるのですが、ご教授願えませんか?」
軽薄そうな目の細い男がパチパチと拍手をしながら、アルマに向かって問いかけた。ひょろりとした男で不気味さを感じさせる。
「……あなたは?」
「申し遅れました。私はメルクリウスと申します。以後、お見知りおきを」
丁寧なお辞儀とともに、こちらに一礼したメルクリウスとかいう男。いつの間に現れたのか、橋の真ん中に佇み、高価そうな燕尾服を着ている男に全員が注意を向けている。ロセルまでも何かの詠唱らしきものを中断し、俺たちから視線を逸らしてメルクリウスを見ていた。
今のうちにロセルの意識を奪おうかと考えたが、あの不気味な男がどの立ち位置にいるのか判別がつかないから、動くに動けない。……まあ、ロセルのことを知っているのだから、ほぼ間違いなく敵だろうが。
「それで魔道具の件は――」
「何の用? あなたが来ることは聞いていない。その顔は好きじゃないから、私の前に出てくるのなら連絡をするべき」
「これは手厳しい。自分では可もなく不可もなくだと思っておりますのに……」
「うるさい。さっさと用件を言って」
おどけたように肩をすくめていたメルクリウスに、ロセルがさっさと話をするように促した。
完全にこの二人は仲間、それも対等な関係である可能性が高い。下手をするとこの男も天使化とかいうのをできるかもしれない。
冗談じゃない。ロセルに奥の手があっただろうことは、さきほどの会話でわかったがそれにプラスしてもう一人天使がいるとか勘弁してほしい。
「招集ですよ。予定の時間になっても来ないので、様子を見てくるようにと言われました」
「……そう、ならすぐ行く。こいつらを始末して」
「その必要はありませんよ。あなたの正体がばれても問題ない段階まで進みました。ならば、この場に留まる意味はないです。天使化を解除してください。もう準備はできていますので」
「……わかった」
メルクリウスの言葉に渋々天使化を解いたロセルがこちらを振り向き、
「次に会うときは必ず殺す」
そんな物騒な言葉を残し、忽然と消えた。
「さて、さきほどの続きですが魔道具の件を教えていただけますか?」
てっきりロセルと一緒に消えたかと思っていたのだが、メルクリウスはまだ橋の上で佇んでいた。糸目のせいでこちらを見ているのか見ていないのかわからない顔で再度問いかけてきた。
「……教えないと言ったら?」
「諦めますよ。ちょっとした好奇心なだけでしたからね」
大袈裟に肩をすくめ、教えてもらえなかったことを残念そうに言っているが、どこか嘘くさい。
「あんたらは一体、何者なんだ?」
「あなたがソウイチさんですね。お噂はかねがね伺っておりますよ。私たちが何者なのかという質問ですが、少々特殊な人間という感じでしょうか。このように……」
メルクリウスの雰囲気が変化し、ロセルと同様な翼が現れた。同様といっても形状はという意味で、翼の色合いが違う。
バーテルの時は透明で色なんてなかったが、ロセルは白でメルクリウスは少し青みがかっている感じだ。
空気が緊張し、自然と臨戦態勢を整えてしまう圧力がメルクリウスから発せられた。
「そのままの意味ですが、天使化と呼んでます。綺麗でしょう……? そして、特性はもう御存知の通り、体力の飛躍的な上昇と魔法の無効化、それに加えて魔法とは違う攻撃手段を持ちうる。現代の人々とは違う存在になれる者たち、というところでしょうか。わかっていただけましたか?」
”たち”っていうことは、ロセルとこいつだけじゃなく、天使化できるやつがあと数人はいそうな口ぶりだ。
「さて、では私も失礼しますね。この後に大事な会議が控えてますので」
メルクリウスがそう言い終わると天使化を解除し、転移の魔法だろうか忽然と姿を消した。
緊張した空気が緩み、ほっと一息ついていると、アルミラが糸の切れた人形のようにぺたんと座り込んでしまった。
「え、どうした?! 何かあったのか?!」
「なんでもないわ。ちょっと、疲れただけよ」
心配して声をかけたが、そっけなく返されてしまった。
無理もない、さっきまで死の危険があったんだ。精神的に疲れてしまうのも当然だろう。
「……ありがと」
ぽつりと呟き程度の声だったが、俺の耳にはしっかりと届いた。




