四面楚歌
アルマ達もまさか男だとは思っていなかったらしく、信じられないといった顔になっている。同じパーティーだったクラリッサさんまでもだ。
いやいや、一緒に行動していたのに気づかないって……。男連中はフェロモンで誤魔化しが効くだろうけど、女として少しでも違和感を抱かなかったのだろうか。
隠し通せたディアナが上手だったのか、クラリッサさんが鈍感だったのか。
「……そういえば、お風呂を一緒に入ったことなかった。やられた。無理矢理にでも誘って確認しておくべきだった」
どうやら後者のようだ。
ぼそっと呟く程度の声量だと思ったが、俺の耳には完璧に聞こえていた。お風呂以前に疑問に思うところはあると思う。
「さてと、おしゃべりはここまでにして、さっさとあなたたちを殺して王国からおさらばすることにしましょう。私の秘密を知られたからには、生かしておくと後々面倒事になりかねないからね」
自分でばらしていたと思うんだが。
「さあ、あいつらを皆殺しにしなさい!」
抱きついていた腕を離し、ディアナが俺に命令した。
フェロモンを集中して使えるようになったからだろう、対抗されるわけがないという自信が声に表れている。
「ソウイチ! お願い、正気に戻って!」
アルミラの必死な声に、俺はゆっくりと橋を渡り始める。
もうみんなを騙すのは限界だ。
当初の予定では、隙を見つけて不意打ちする予定だった。数的にも戦力的にも不安があったからだ。けれど、アルマの合流とそれに伴い敵の戦力が大幅に激減したことでその必要はなくなった。
そうなると、仲間を騙しているこの状況を続ける意味はない。罪悪感が半端ないのだ。
そして、さっさとディアナから離れたい理由がある。
心に余裕が生まれると、余計なことを考えてしまうのが人間の性。
さっき抱き着かれたときに変な感触があったのだ。俺の手の甲がちょうど……。
「ソウイチの顔が、苦しみに歪んでいるように感じられますよ! なんとかフェロモンを無効化する術はないのですか?!」
「あるにはあるのですが、もっと近くに寄らないと。でも、今のソウイチに近づくのは自殺行為です」
心配そうにこちらを気遣ってくれるミリカには悪いが、この苦しみはフェロモンによってじゃないんだよな。
「そうよ、いい子ね。さっきはお仕置きとか言ったけど、そいつらを倒したらご褒美をあげるわ」
女だったらご褒美という響きだけで胸が高鳴るところだが、男というだけで気色悪さが数倍増す。
脱力しながら橋の上を歩いていると、アルマのゴーレムたちが俺の進路を塞ぐように並んだ。
「……仕方ありません。ソウイチの力が万全でないことを祈って、一斉に攻撃して気絶させます」
意を決したアルマがゴーレムたちを動かすよりも前に――
「よくも操ってくれたな! 大切な仲間と敵対するように仕向けやがって、許さないぞ! 覚悟しやがれ!」
回れ右をして、ディアナに啖呵を切った。
「「「「……」」」」
客観的に見れば、敵に操られていた状態から仲間の声によって我に返ったように見えているはず。
だというのに、耳が痛くなるほどの沈黙が場を支配したのはどういうことなのか。後ろを振り返ってどんな顔をしているのか確認しようとしたら。
「……普通、フェロモンによって操られている状態から正気に戻る際には、必ず気絶という状態を挟むはず。……そのはず。でも、抵抗していたら違うの?」
それよりも先にクラリッサさんが自信なさげな声音で丁寧に解説をしてくれた。
ああ、なるほどね。理解した。
「ねえ、もしかして――」
「さあ、反撃開始といこうか。今までは簡単に操ることができていたかもしれないが、ここからはそう簡単にいかないぞ! なんといっても、俺には絆によって固く結ばれた仲間たちがいるんだからな」
ビシっと指を突きつけ、力強く宣言した。
アルミラが何かを言っていたようだが、俺の言葉のほうが大きい。だから、何も聞こえない。
前からよりも、背後から三つほどの疑念に満ちた視線が突き刺さっている気がしないでもない。しかし、今は戦闘中だ。後ろを向くなど、危険な行為はできない。
「……は? ……え、どうして。私のフェロモンがまったく効いていない? そんなはずは……。だって、今まで」
「その通り。まったく効いていなかったわけじゃないさ。だが、そんなものは真の愛の前では無意味だった。それだけだ。人を操って悦に入っている今のお前じゃ理解できないだろうけどな」
呆然とたたずむディアナに物語の主人公が言いそうなセリフを言ってみた。
「……あの、本当に正気に戻ったんですか?」
「ああ、戻ったぞ。操られている最中でも、きちんと声は届いていた」
おずおずと尋ねてくるミリカにきっぱりと、俺は正気に戻ったことを告げる。操られていなかったなんてことがばれないよう、力強く。
「普通だったら、フェロモンで操られている状態での記憶は覚えていないはず。これも、抵抗していたせい?」
ぼそりと呟いたクラリッサさんの声に内心で冷や汗をかいていると、
「……冷静になって考えてみると、操られていたSランク冒険者の三人は目の焦点が合っていなかった気がします。ですが、ソウイチは」
「いや、それは抵抗していたからだろう。俺は本当に操られていた。多分、冒険者ギルドで初めて会ったときからフェロモンを使われていた気がする。でも、みんなの声でこうして正気に戻れたんだ」
「え? いえ、フェロモンを使ったのは冒険者ギルドではなく、さっき――」
「くっ、油断していたぜ。ちょっと、変な気がしていたんだ!」
さらに畳みかけてくるように二人から指摘が飛んできた。
これ以上、話を続けているとぼろが出てきてしまう。
早々に会話を切って、相手を無力化したほうがいい。
「私たちの声で戻れたなら、感謝の言葉を言ってほしいんだけど。こっちを向いて、ちゃんと目を見て」
「いや、今は戦闘中。敵を前にして背を見せるのは危険だ」
悠長なことを言うアルミラに今はそれどころではないことを伝える。
戦闘中に背を見せるなんて、自殺行為もいいところだ。
「ふふ、少し想定外だったけど、まあいいわ。残念だけど、仕方ないわね。もうあなたはいらない。ここで仲良くみんな殺してあげる。でも、最後くらい会話をしたいわよね。大丈夫よ、あなたたちの準備が整うまで待っててあげるから」
そんな俺を嘲笑うかのように言ったディアナの顔をぶん殴ってやりたい。男のくせに妖艶なのも腹が立つ。
「大丈夫です。もしあの人が向かってきてもゴーレムで返り討ちにしますから」
うぐぐ、逃げ道がない。
静まる空気の中でくるっと向きを変えた俺は、
「すいませんでした!!」
勢いよく頭を下げた。




